外-《2》-② "参謀"ダーラボン
【 《2》 疾風迅雷!】
※金牛 の刻(※午前八~十時頃)。
ベオルブ家の別荘にて――。
シドと、三角帽子を被った魔道士の少年を、バルバネスとエストレーラが門まで出迎えた。
「いらっしゃい、シド君に……ボア君?魔法学者のダーラボン先生の所の?大っきくなったわねぇー。と、思ったら、まだまだ水増ししてただけ?」
エストは魔道士の少年の帽子を取り、ふわふわと柔らかく拡がる薄茶色の髪を、押し潰すように撫でた。
「姉上、失敬でしょう。子供じゃないんですよ」
バルバネスはエストの手から帽子を取り上げ、魔道士の少年に返す。
魔道士の少年――ダーラボンは照れ笑いした。
「ははは……。実際、若輩ですよ。それより、ベオルブ家の綺羅星の姫 様に覚えていていただけたなんて、光栄です」
ほとんど大人の体格になっているバルバネスやシドに比べると、身長や肩幅も小さいし、顔立ちにも幼さが残っている。が、口調は落ち着いて大人びており、精神的には早熟なように見えた。
「そりゃ、アレは忘れられないわよぉー。いつだったかしらね、宵の口に、湖の向こう岸でいーっぱい魔法の光が打ち上がって。水面にも映って、すっごく綺麗だったから、何かお祝いの花火だと思ったわ。そしたら、火事だとか実験失敗だとか、大騒ぎになって人が集まってくじゃない。アタクシもお見舞いに行ってみたら、やったのはお父様やお婆様じゃなくって、小っちゃい息子さんだっていうから……驚いたわぁ」
バルバネスの脳裡にも、閃くものがあった。
「ああ、そういえば……。去年だったか、幼年学校の屋根を"流星雨 "で穴だらけにした、あの時の?」
「そうです、それ、僕です。面目ない」
頬を赤くして首をすくめたダーラボンの背中を、シドがパシッと叩いた。
「ある意味、才能が溢れすぎてるんだな。新しい魔法もすぐ覚えられるし、魔力の伸びも早い。制御 が追い付かないくらいに。
頭の回転も速いぞ。ただ、喋り出すとダラダラ長くてまどろっこしくなるんで、通称"ダラ公"だ」
ダーラボンは三角帽子を握り締めた手を胸に当て、折り目正しく御辞儀をした。
「改めまして、ボーアダム=ダーラボンといいます。僕の方はずっと、ベオルブ先輩のご活躍ぶりを見聞きして、信奉者 だったんですけど、先輩にとってはほとんど『初めまして』ですよね……。
この度は何だか、僕に、とっても重要な役目を任せて下さるそうで!僕に出来ることでしたら、何でも、是非とも、喜んで、させていただきますよ!」
「ああ、有難う。よく来てくれた。いや、やるかどうかは、話を聞いてから決めてくれていいんだ。ただ、話を打ち明けるだけでも、もう仲間 の一員のようなものになる。遠慮は要らない、僕のことは"バネス"でいい」
と、バルバネスは右手を差し出した。
「いやあ……それは、ちょっと、畏れ多いです……」
尻込みするダーラボンに、横からシドも言った。
「俺のことも"シド"と呼べって、前から言ってるだろう。"オルランドゥの若君"がヤンチャしてるとかいう噂が立つと、兄貴のことと紛らわしくて、迷惑かけちまう。"シド"の方がいい……というより、そうでないと困る」
「悪口なんて言いませんよ、僕、オルランドゥ先輩……のことも格好いいと思ってますよ。だけど……、じゃあ、わかりました。バネス先輩、シド先輩、よろしくお願いします!」
ダーラボンはバルバネスの手を握ると、帽子を持った方の手で頭を掻いた。
「あのー、では、僕の方も……。"ダラ公"でも構いませんけど、出来たら、名前の方で。ボアとかアダムとか、呼んでもらった方が嬉しいです」
「わかった。よろしくな、ボア」
バルバネスは、ダーラボンの手を強く握り返した。
「はい!精一杯、頑張りますよ!」
「鈍くさいことやらかしたら、また"ダラ公"だぞ」
と、シドが小突いた。
ダーラボンは三角帽子を被り直し、手袋も嵌め、張り切って、帯に差していた錫 を抜いた。
「さあ、それで、何をすればいいんですか?準備万端、完全 装備で来ましたよ」
長衣 や外套 、帽子に靴に手袋など、全て、魔法効果のある品々で全身を固めている。
「ああ、いや、魔法を使ってもらうのは後だ。まずは中に入って、これまでの話を説明しよう。外套 や帽子は脱いでおけ、夏なのに暑苦しくないか?」
「……暑い、です、流石に」
ダーラボンは外套 と帽子、手袋を外して、韋駄鳥 の背に積んできた荷袋に詰め込んだ。その荷袋も、大きくて、はち切れそうに膨らんでいる。
「持ちましょう」
と、バルバネスの斜め後ろに立っていた青年がダーラボンに近付いた。
中肉中背、髪の色も畏国 人にありがちな、特に明るくも暗くもない茶色で、顔立ちといい服装といい、地味で存在感の薄い青年だ。バルバネスと同い年かやや年上といった程度で、少年といっても良いのかもしれないが、目立たないもののよく見ればしっかりと隙が無く、一端の大人の雰囲気だ。
「有難うございます、ええと……?」
口数の少なそうな青年に代わって,バルバネスが紹介した。
「イスタークだ。イスターク=ウォルフォート。僕の子供の時分からの守り役にして、将来の副官、かな」
「ひゃ、偉い方でしたか」
ダーラボンは差し出しかけた荷袋を引っ込めたが、イスタークは微笑んで受け取った。
「別に、偉くはありません。我が家は、士官学校 に通うほどの家柄でもないですし」
「イスタークは普段、ドラコニア城で、父上や城代の雑用を務めているんだ。その方が実力は付いているかもしれない。士官学校 に来れば多分、十指に入る成績上位者になっていたろうな」
「現場叩き上げ、のお人なんですねえ」
バルバネスはシドを横目で睨みながら言った。
「まあ、正直言って、一緒に士官学校 に来てくれれば良かったのにと思うことは時々……いや、度々ある。イスタークさえいてくれるなら、シドなんぞを頼みの綱にしなくても済むのに、と思うことは」
「うわっ、"なんぞ"とはお言葉だな、ええおい。ついさっき、誰よりも心強い友だとか何とか、言ったばっかりじゃないか。前言撤回するのか?」
「撤回はせん。だが補足する。お前は確かに、非常時の問題解決 にあたっては、この上なく頼りになる友だ。が、平時にあっては、わざわざ要らん波乱 を巻き起こしてくれる、この上なく厄介な友だ!」
「いいだろ、楽しけりゃ」
「楽しんでいるのはお前の方だけだ。俺は頭が痛い」
肩を組もうとするシドと、嫌そうに押し返すバルバネスを、イスタークは笑って見ている。
「私では、シド様の代わりは出来ません」
「つまりは、あれですね、それぞれ"無二の親友"と、"腹心の部下"ということですね」
と、ダーラボンは頷いた。
エストが苦笑する。
「イスタークは、つい世話を焼きすぎるのよねぇ。シド君みたいに、ちょっとくらい負荷を掛けてくれた方が、いい鍛錬になるのに。
今朝だって、迎えに来るのが随分早かったんじゃない?」
「そうですか?若が朝戻るとおっしゃるなら、朝食に間に合わぬはずがありません。何かあったものと判断して、急ぎ参ったのですが、見当違いでしょうか」
「あ。確かに、それは間違ってないわぁ」
パンパン、とエストは手を叩いた。
「腹が減っては戦は出来ぬ、だわね。特にバネスは。さっ、中に入って。お茶を用意してあるわよ。まずは腹ごしらえして、それから、作戦会議しましょ!」
バルバネスが手を挙げた。
「ちょっと待った。エスト姉上が仕切らないで下さい。総指揮官 は僕ですよ。話はまず、僕とシド、ボア、イスタークの四人でします。姉上はその間、他の者達を近付けさせませんように」
「あら。アタクシをのけ者にするのぉ?つまんなーい」
と、エストはいじけた目付きで弟を見上げた。
「つまる、つまらないという問題ではないでしょう。淑女 を危険に晒すわけには参りません」
「すっっっごく楽しそうなのに……」
「何も、楽しいことなぞありますか。いや、あったとして、命と天秤に掛ける価値がありますか?」
「あるわ!」
間髪入れずに答えたエストを見て、シドが愉快そうに笑った。
「はははっ!流石、ベオルブ家の姫というべきか。気が合いそうですな、エスト殿!」
「……俺の姉上だぞ?」
シドがさり気なく伸ばした手を、バルバネスはすかさず、はたき落とした。
「と、冗談はさておいて」
「本音にしか聞こえませんでしたが」
「……さておいて。バネス、わかってる?基本的に、お姉様達はもう、嫁ぎ先の側の人間なんだから。お父様お母様や叔父様達がそっくり是領 に出払ってる今、地元に残ってるベオルブ家の一族といったら、アナタ以外にはアタクシだけなのよ。アナタ自身で手が回らない何かが生じた時、ベオルブ家の責任と権限で指揮を執れるのは、他にアタクシ一人ってコト。そこのところは、了承済み ?」
「……肝に銘じておきます」
思わず縦皺の寄ったバルバネスの眉間を、エストはピンと指先で弾いた。
「ヤダ、何で"背水の陣"みたいな顔してるの、しっつれいねぇー。アナタに心配してほしいわけじゃないわよ。後ろの心配は要らないから、心置きなくお頑張りなさい、って言ってるの」
エストは背伸びして、とっくに自分よりもずっと背の高い弟の頭を撫で、頬に口付けした。
「わかりました。姉上のお力が必要になった時は、遠慮なく頼ります」
「心配はしなくていいけど、遠慮はして。そりゃ、いざって時は力になるけど、そもそも、いざって事態になる前に周到な備えをしておくのが、責任者の務めよ。か弱い淑女 に助けられるなんて、騎士の恥よぉ?」
「エスト姉上はちっとも、か弱く見えません」
「見えないだけよぉ、本当は結構、無理してるの。いたわって」
「どっちですか、全く……」
並んで歩くベオルブ家の姉弟と、大きな荷袋を抱えてその後を追うイスタークに続いて、シドとダーラボンも前庭を抜け、屋内に入る。
「はあー、バネス先輩も度胸があるけど、エストレーラ様も……。矢っ張り、ベオルブ家の姫様ですねえ」
「ああ、バネスの姉上でなければ、本気で口説いてるな。惜しい」
「シド先輩はいっつも冗談を本気で言うから、本気の本気と区別が付かないです」
「はっはっはっ!」
湖からの涼風が吹き込む部屋で、バルバネスは、ダーラボンとイスタークにこれまでの経緯を語った。
「……僕としては何より最初に、この箱を開封して中身を検めるべきだと思っている。迷っている間にも、また誰かが殺されるか、この箱が盗まれてしまうかもしれない。
イスタークはどう思う?何か、開ける前に注意すべき点があるだろうか」
「そうですね……、私が気になるのは、入っていた物よりも、入っていなかった物を証明する方が難しい、ということです」
「というと?」
イスタークは手文庫を手に取り、少し揺すってみた。
「持った感じでは、開けた途端に壊れてしまうほど脆い物は入っていないようです。"あった物"をそっくりそのまま、誰かに引き渡すことは出来るでしょう。ただ、始めから入ってもいないものを『入っているはずだ』と言い掛かりを付けられた場合などに、『無い物は無い』と証言出来るのは、最初に箱を開けた時立ち合った者だけです」
シドが言う。
「だから、俺がここにいるんだ。あんたはベオルブ家の家臣だし、ボアだってガリオンヌ領の人間だ。もしも、何かラーグ家やベオルブ家の不利益になる物を隠したんじゃないか……という疑いを掛けられれば、晴らすのは難しい。だが、俺の家はゴルターナ公家の家臣だからな。……しかし一方で」
シドはバルバネスの目を見て尋ねた。
「再度聞くが、いいんだろうな、バネス?本当に隠してしまいたい物が出てきた場合、しかもそれを隠すことが国王陛下なりゴルターナ公なりの御為にならぬとあれば、俺はオルランドゥ家の一員として見過ごすことは出来ない。お前と命のやり取りをすることになるとしても、だ」
チン、とシドは剣の鍔を鳴らした。
普段は何でも茶化してしまうシドだが、今この時ばかりは、冗談の入り込む余地は無い。
ダーラボンが、ごくりと唾を飲んだ。
「無論だ」
バルバネスも、シドの目をじっと見て答えた。
「悪事を為したのが、ラーグ家やベオルブ家の者だったとしても……万に一つ、我が父やソフィア姫の父上であっても、俺は秘匿したいとは思わん。そのことは、姫も御了承済みだ。お前こそ、いいのか、シド。もし逆に、ゴルターナ公の不利益になる物が出てきて、お前がそれを奪って消そうとでもすれば、俺は情け容赦はせんぞ」
「俺だって、主君といえども、悪事の尻拭いはしてやらんさ。それで御不興を買ったとしても、まあ、俺は次男だからな。この首が飛んだところで、親父や兄貴にまで累は及ぶまいよ。その点は、俺の方が気楽なぐらいか。心配要らん」
シドは、鼻先でフッと笑い飛ばした。
「……。ゴルターナ"公妃"だったらどうする」
「ちょ、ちょっと待て。考えさせてくれ」
シドは腕組みして、真剣に悩む。
「ううーむ……。悪事は明らかにするとして……。処刑させるぐらいだったら、連れて逃げる、か?その時もお前は止めるのか、バネス?」
バルバネスは呆れて、首を振った。
「邪魔立てはせん。が、助太刀もしてやらんからな」
ダーラボンはホッとして、詰めていた息を吐いた。
「つまり、あれですね。お互い、主君を悪事から守るために戦うつもりはあるけれど、主君の悪事を助長するつもりはない、ということですね」
バルバネスは、ダーラボンにも尋ねた。
「ボアは、どうだ?何か気付いたことはあるか」
「ええと、ですねえ……こちらの護符のことですけど」
布製の護符は下が尖った五角形をしており、吊り紐の付いた上辺に対して、布目が斜めになっている。
「正方形の布を斜め半分に切って、出来た三角形の尖った両端を切り落とすか、真ん中に向かって折り曲げると、こういう形になります。すると、同じ縦糸と横糸を使った、対になる護符は一組しか作れません。よく似せても、一本一本の糸の太さや色合いにはばらつきがありますからね。一種の割り符です。呂国 の風習で、旅に出る人に一方を渡して、もう一方を残る家族が――大抵は、お母さんとか奥さんとかがですね、持って、安全祈願したりするんだそうですよ。そういう話、もうお聞きになりましたか?」
「いや」
「この織り模様にも、色々と意味があるらしくてですね。屋号とか家紋とか、まあ、行き倒れた時に……そうならないよう無事を祈るわけではありますけど、万一の時に、身許の証明になるような印にすることもあれば、旅の安全を守ってくれそうな何か……守護聖人や天使を表す聖字 を象ったものとか、北極星や提灯 を図案化したものとかに、することもあるそうです」
「これの模様の意味はわかるか?」
「"大天使アルテマ"の聖字 、だと思います。割と定番 ですね。細かい部分の意味とかは、ちょっと、図鑑で調べてみないことには、今すぐにはわかりませんけど……。それから、」
ダーラボンは護符を触ってみるだけでなく、鼻に近付けて匂いを嗅いでみた。
「これ、海の水に浸かって汚れたのを、お洗濯したんじゃありませんか?何だか、お魚っぽいような潮の匂いと、石鹸の匂いがしてますよ。ほら、細かい砂とか、塩の粉とか、繊維の間に入り込んでますし。ちょっと、縮んで歪んだり、色が薄くなったりしてる所もありますよねえ」
「と、いうことは?」
「呂国 から、海を渡ってきた……んでしょうか。こっちの箱ともども。で、この箱なんですけど……ええと、ちょっとお待ち下さいよ……」
ダーラボンは、持って来た大きな荷物の中から、工具箱のようなものを引っ張り出した。
「それは?」
「"魔法道具鑑定七点揃い "です!」
手文庫のあちらこちらを魔法の拡大鏡 で覗いてみたり、叩いて音叉のようなもので響きを確かめたり、金属片で挟んで数種類の微弱な魔法を流し、抵抗率や増幅率を測定したりなど、ひとしきり調べてから、ダーラボンは興奮気味に叫んだ。
「うわあ、矢っ張り!これ、この金属部分、永郷 合金じゃありませんか!」
「ほう!」
と、すぐに感嘆の声を挙げたのはシドの方で、バルバネスは首を捻った。
「エウレカ合金……?」
「ちょっと見た感じは、超軽硬 合金に似てますけど。ええと、超軽硬 合金っていうのは金剛鋼 と霊銀 が主要原料ですよね。永郷 合金は、金剛鋼 と虹輝鋼 に少量の星辰 鉱を加えたものなんです。武器とか魔法道具の素材としては最高級の、幻の金属ですよ!金剛鋼 も虹輝鋼 も高純度に精製するのが難しい上に、星辰 鉱なんて稀少 中の激稀少金属 で、しかもそれらを均質に融合させるのは職人技というかもう神技と言ってよくてですね、古代でも、魔法鍛冶の聖地・エウレカぐらいでしか作れなかったそうですよ」
話すうち、ダーラボンの声が熱を帯び、次第に高く、早口になる。
「うわー、僕も生まれて初めて、実物に触りました……。耐久性能が凄いんです。ただ硬くて摩耗しない、錆びないとかいう程度 じゃなくてですね、ええと、形状記憶性能っていうんでしょうか、自己修復能力があるんですよ!鍛錬・成形する時に秘伝の魔法技術を使うことで、ちょっとやそっと曲がったり折れたり、錆びたり溶けたりしても、元の形に戻るんです。魔法のタネを練り込むっていうんでしょうかねえ、自動修復能力の他にも、半永久的に魔法効果を付与することが出来て、使い手の力を増幅したり、剣の攻撃に雷や炎の魔法を上乗せしたりとか……。究極魔剣 とか、滅世剣 とか、古代の伝説級の武器は、軒並み永郷 合金製らしいですよ。あっ、シド先輩の家の聖王剣 だって、そうでしたよね?」
「らしいなあ。子供 の頃、『岩をも断つ』っていうが本当かなと思って、親父の留守にこっそり試したことがある。確かに石も斬れたが、刃毀れさせちまって。やっべえー……と思って素知らぬふりして元の場所に戻しておいたら、いつの間にか直ってたんだ。いやあ、誰にもバレなくて助かった。はっはっはっ」
と、シドは気軽な調子で笑った。
「お前……、伝家の名剣を何だと心得てる」
バルバネスはシドを睨んだ。
シドは肩をすくめる。
「"名剣"だからって使い勝手がいいわけじゃないってのは、心得てるさ。半永久的といっても、段々魔法が弱まってるんだな。元々は、子供 がちょっと下手に扱ったぐらいで欠けるようなもんじゃ無かったはずだが……。先祖の頃に比べると、回復するのに時間が掛かるらしい。自動修復は重宝だが、逆に、万が一不可逆的に壊れれば、現代の技術じゃあ二度と打ち直せない。だましだまし使ってるのさ。親父や兄貴が"聖剣技"鍛えてるのだって、なるべく接近戦に持ち込ませないためだ。
実戦で"使える"剣としちゃあ、お前のとこの護法剣 の方が優秀なんじゃないか?超軽硬 合金なら、新しく作るのは無理でも、研いだり鍛え直したりは今でも出来る。氷狼ならぬ、雪豹に咬み砕かれても、ちゃんと復活するだろ」
ベオルブ家に代々伝わり、現在はバルバネスの父・カルダックが所有する護法剣 は、この春、鴎国 軍との戦いの中で打ち砕かれていた。"槍を持った雪豹"を家紋とするレナリオ伯に、攻撃と同時に武具を破壊する闘気技・"剛剣"の一つ、"冥界恐叫打"を浴びたのだった。
普段のカルダックであれば、通常の剣技は勿論、闘気技であっても、剣を折られることはない。だがこの時は、勝ち戦の勢いに乗って、既に数十人の敵を討ち果たしていた。剣も傷んでいたろうし、何よりも、大敗を食い止めんとするレナリオ伯の決死の気迫が勝っていた、ということだろう。
全体としては畏国 軍の快勝であり、護法剣 を砕きカルダックに深手を負わせたレナリオ伯も、反撃はせず撤退に専念した。レナリオ伯を討ち取っておれば、大勝どころか完勝だったはずだ。畏国 軍の騎士達は、カルダックの負傷を『要らぬ深追いをして失敗した』とは捉えておらず、むしろ『果敢に迅速な追撃を掛けたからこその、名誉の証』として、そこに至るまでの武功を讃えた。また一方、"敗軍の将"であるはずのレナリオ伯も、"不敗のベオルブ将軍"に一太刀を報いたことで大いに面目を施し、鴎国 の人民に凱旋将軍の如く喝采で迎えられたという。
カルダックは未だ是領 で療養中であり、護法剣 だけが修復のためドラコニア城の刀鍛冶の許に戻っている。両軍の語り草となった名勝負ではあるが、カルダックもレナリオ伯もとうに五十近く、再戦は息子達の世代に持ち越しだろう……との見方がもっぱらだ。
「あっちは男ばっかり五人兄弟だってなー。頑張れよ」
「何を他人事のように……。お前だって、一人二人は引き受けることになるぞ」
イスタークが話を戻した。
「それで、古代の技術でなければ作れない金属を使っている……というのは、この箱自体がとても古い物だということですか?」
「いえ。金属部分だけ、古代の物を再利用しているんでしょう。木製部分の経年劣化の具合からすると、骨董品 にはちがいありませんけど、せいぜい七王国時代の代物ですかねえ。
この宝石……魔洸石の部分を観察すると、魔法で封印されたのはもっと最近、本当にここ数ヶ月の間だと思います」
「すると、中身自体も箱と同じくらい古い物だというわけでは、ないのでしょうか?」
「さあ、それはわかりません。もしかしたら、この箱に入った状態で、長いこと保管されてきたのかもしれないですけど……。だとしても、少なくとも、最近になって一度開けて中を見てから、また封印し直したことになりますね。
まあ、見る人が見れば、この箱だけだって相当な値打ち物です。箱がそうなら、中身だってさぞかし……とも思うでしょう。それだけでも、盗みたくもなるかもしれません。ただ、すごそうなお宝だけど誰も本当は何だか知らない……わけではなくて、矢っ張り、封印した人は中身の真価を知ってると思いますよ」
バルバネスが尋ねる。
「他に、わかることは?」
「あとは……、そうですねえ。一度魔法を解けば、僕にはもう封印の仕方はわかりません。この箱が封印されていたことを知っている人にとっては、勝手に開けたことが明白 になってしまいます。でも、一つ朗報といいますか、これなら僕でも完全に、跡形も無く魔法が解除出来そうなんですよ。つまり、開いた状態のこの箱を初めて見た人にとっては、これが魔法で封印されていたとはわからない、ってことです。つまりつまり、初めて見たはずなのに、この箱が最近まで封印されていたことを知っている人がいたら、すごーく怪しいですよ」
「成る程な」
バルバネスが得心して頷いた一方で、ダーラボンは不意に首を傾げた。
「……?」
「どうした?」
「いえ……少し、気になったんですけど……現段階では、情報が足りません。変な先入観になるといけませんから、もうちょっと、確かになったら言います」
「そうか……」
「あとは、開けてみないことには何とも……。バネス先輩、シド先輩、開けちゃっていいですか?」
バルバネスがシドを見ると、シドは大きく頷いた。
「いつでも、いいぞ」
「よし。ボア、お前も覚悟はいいか。開けて中を見れば、お前も命を狙われるかもしれんのだぞ」
ダーラボンも、唇をキュッと噛んで頷いた。
「大丈夫です。やられる前に、こっちが犯人を捕まえる。そのために、開けるんでしょう」
それから、ふと気付いて、
「あ。イスタークさんは、いいですか?」
バルバネスは目で笑いかけた。
「聞くまでもないよな」
「はい。私は、どこまでも若にお供します」
「と、いうことだ。やってくれ」
ダーラボンは立ち上がり、三角帽子や外套 、手袋等を身に付け直して、錫 を構えた。
「……では!」
錫 の先端を、卓子 の上の手文庫に当て、呪文を唱える。
「魔道の業は諸刃の剣、奇しき力、彼の手に渡りて、我が身に返り来るもあると知れ……、"吸魔 "!」
手文庫の金具に付いた魔洸石 から、ポウッと淡い魔法の光が飛び出し、錫 を伝ってダーラボンの手に吸い込まれた。
ダーラボンは、ふうっと一息吐く。
「……いけます。封印に必要な魔法は、魔力量としては大したことないみたいです。初級魔法程度ですね。これなら、一カ所につき一回ずつで、完全に解除出来ます」
集中力を切らさぬよう、慎重に、ダーラボンは吸魔 の魔法を六回繰り返して唱えた。手文庫に魔力が残っていないことを確認してから、どさりと椅子に腰を下ろす。
「……出来ましたー」
「よくやった。ご苦労」
と、バルバネスが早速、手文庫の蓋を開けようとすると、
「あああっ、ちょっと待って下さい!」
慌てて、ダーラボンは押し止めた。
「魔法は解除しました。でも、物理的な罠 を併用してるかもしれませんから。例えば、開けた瞬間に毒針が飛び出すとか……」
「では、私が」
と、代わりにイスタークが手を伸ばすと、
「いえ、いえいえ。もっと、いい方法があります」
ダーラボンは大きな荷袋から、今度は、粘土製の人形 のようなものを二体取り出した。
「"身代わり土人形 くん・六号小型版 "です!」
体高※一尺 (※約二十九・五センチメートル)ほどながら、鉄巨人の姿を細部まで忠実に再現しており、螺子 止めの小さな点の並びまで丹念に彫り込まれている。しかも、二体は微妙に意匠 が違う。
「ほう……、随分精密に作り込んでいるな。こういう身代わり人形は、どうせ壊れてしまうのだから、もっと大雑把な形をしているものだろう。何か、特殊な性能があるのか?」
バルバネスが感心して尋ねると、ダーラボンは照れ臭そうに頭を掻いた。
「いえ。性能は変わりません。外観は、ただの趣味というか、別の研究の一環です。いつか、鉄巨人の発掘と復元に携わるのが夢なんですよ。上手く出来たのは、色も塗って取っておいてあるんです!ちょっと失敗したのを、消耗品に回して……」
「これでも失敗作なのか?充分、よく出来ているように見えるぞ」
「いやあ、こっちは、腕が肘の上下で均衡 悪いですし、こっちは、首の後ろに変なひびが入っちゃってるんです」
シドが呆れ顔で言う。
「こだわってるなー……。お前、本っ当にそういうの好きだなあ」
「大好きなんですよー!機械兵 とか、魔神像 とかも、好い形してると思いませんか?」
と、ダーラボンはバルバネスに同意を求めた。
「そうなのか?僕は、古代の魔法機械には詳しくないんで、よくわからないな」
「そ、そうですか……」
少し寂しそうな顔をしたダーラボンだったが、気を取り直して、錫 を振りかざした。
「土人形 くん、起動!」
二体の土人形 はぎこちなく卓子 の上を歩き、手文庫の蓋を両端から掴んで、ゆっくりと持ち上げた。
「……。何も、起こりませんねえ」
そのまま、土人形 達はそろそろと横歩きに蓋を持ち運び、下に置くと、コトリと止まった。
「色々、罠 解除工具 も持って来たんですけど……」
ダーラボンは拍子抜けしている。
「使わないに越したことはないだろう。さて……、」
四人の若者達は、額を集め、箱の中を覗き込んだ。
ダーラボンが、手袋を嵌めた手で、箱に入っていた物を一つ一つ慎重に取り出し、卓子 の上に並べていった。
まず最初は、羊皮紙の束を紐で綴じたもの。表紙は無く、走り書きのような細かい文字がびっしりと書き連ねてあり、塗り潰して訂正した箇所や、余白に付け足した書き込み等もある。本ではなく、個人的な覚え書きだろう。
次に、布製の書類挟み が二冊。中にはそれぞれ、薄い冊子が複数冊収められているようだ。外側の厚手の織物は、色や図案は異なるが、どちらも呂国 様式の唐草模様である。
そして一番下に、分厚い羊皮紙の本。これだけで、手文庫の内寸の半分ほどを占めている。美しく彩色された表紙に、金文字で書名らしきものが彫り塗りされている。
「呂国 語、か?」
「それも、ちょっと綴り方が古風ですねえ。ええと……」
と、ダーラボンが読み上げた。
「『アジョラ=グレバドスの言行に関する報告書 対訳』……?!」
口に出したダーラボン自身と、それを聞いたイスタークが、ハッと息を呑んだ。
「"ゲルモニーク聖典"……!!」
「……ですか、矢張り!?」
バルバネスとシドも眉をひそめた。
「何だって?!」
「ええと、ですね。いわゆる"ゲルモニーク聖典"と俗称されるものは、実際のところ、信徒向けに書かれた伝記や説教集のようなものじゃないらしいんです。ゲルモニークは元々、雄 帝国軍の魔学研究機関に所属していて、その仕事に嫌気がさしてアジョラに従うようになった、でも結局は古巣に戻ろうとしてアジョラを裏切った……と思われてますけど。実は、そもそも雄 帝国の調査員というか、監視員としてアジョラの許に派遣されていて、任務を終えて戻った、その報告から上層部がアジョラを危険だと判断して排除に踏み切った……と、そういうことだと読み取れるそうです。"ゲルモニーク聖典"に書かれていることが事実だとすれば」
と、ダーラボンは説明した。
「僕も噂に聞いただけで、実物を見たことなんてありませんよ。禁書中の禁書ですからね……。"聖典"と呼ばれてはいますが、実質は、淡々と無味乾燥に事実を書き留めた"報告書"なんだそうです。それだけに、神格化・伝説化されていない、生身の聖アジョラのお姿を最も詳細に記した一次資料だと、言われています……」
ダーラボンは、羊皮紙の本の頁 をパラパラとめくった。
「これは……すごい、です……。抜け落ちが、ほとんど無さそうですよ。"ゲルモニーク聖典"は歴史上、少なくとも二回、抹殺されかけてましてですね。一回目はグレバドス教が雄 帝国の国教に定められた時、二回目は呂国 旧教派がミュロンド正教派の傘下に入った時です。原本は勿論、写本も、見つかり次第焼き捨てられた時代があったんです……。今は、原本は全部ミュロンド法皇庁の図書館に集められていますけど、欠けている部分が多いらしくて……、」
そこまで言って、ハッと気付き、
「ま、まさか……!」
と、慌てて布製の書類挟み を開いた。
ごく薄い冊子が二十冊余りも包まれている。表紙に印刷された文字は、古代雄帝国 文字だ。
「これ……、雄帝国 時代の原本ですよ!うわあ!!」
ダーラボンは、表紙に印字された通し番号を確かめた。
「一番から、二十六番まで揃ってます。多分、これで全部でしょう」
シドが訝った。
「ちょっと待て。"原本"っていうからには、一冊限りだろう。法皇庁にあるのは、実は写本だってことか?」
「いえ、"原本"が複数存在するんです。古代の技術で、小さな金属板に文章や絵を記録しておくと、機械を使って簡単に複製 出来たんだとか。一頁 複写するのに十秒 もかからなかったそうです」
「版画みたいなものか」
「まあ、それに近いものですかねえ。本当の"原本"は、その金属板ってことになるんでしょうけど、それこそ今となっては何処に行ったかもわからないし、出てきたって、古代の機械が無い限り、何が書いてあるかさっぱり読み取れないはずですよ」
バルバネスも、信じられない様子で尋ねた。
「千年以上も昔の物にしては、随分と綺麗だな。かえって、訳本よりも新しそうに見える」
「長期保存用の、上等な鉱物紙 でしょう。こういうのは、古代文明時代の物の方が遥かに品質が良いですから。水でふやけたり、字がにじんだりもしない。ちょっとやそっとじゃ破れないし、強化金剛鋼 の鋏でもないと切れないんですよ。普通の、鋼や霊銀 なんかじゃ、小刀 の方が刃毀れするほどで……。勿論、虫に食われたりなんかしませんし。火にも強いです。薪や蝋燭の火ぐらいじゃ焦げもしないですよ。上級炎撃魔法 の高温でも耐えられます。灰にしようと思ったら、最上級炎撃魔法 とか、灼熱 とか……あるいは、天竜 召喚とか、究極魔法 とかでも使わないと、無理じゃないですか。どれも、"失われた魔法"ですけど」
「現代の技では滅する方が難しい、か」
「これ、きっと、公文書館か何かの保存資料ですよ。いくら古代の紙が高品質といっても、普段使いの物なら、百年二百年の間には劣化もします。完全版の原本なんて……現存する中では、唯一無二かもしれませんねえ。……すごい」
シドが頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
「すっげえもん出てきたなあー」
「ああ……。それで、残る二冊は……?」
バルバネスは、もう一つの書類挟み を開いた。
中から出てきたのは、矢張り古代の鉱物紙 製らしき、帳面 が三冊。耐久性は強いはずだが、かなり歪んだり汚れたりしている。表紙には、題名や著者名のようなものは書かれていないが、年月日らしき数字が手書きで記されていた。
「日誌……のようなものか?」
バルバネスは中の頁 をめくって見た。
少しずつ、何回にも分けて書かれたもののようだ。字の大きさや濃さもまちまちだし、斜めに殴り書きした箇所もあれば、後から余白に書き足した跡もある。数式や地図、何かの専門記号らしきものも書き込まれていた。
「……読めん」
「うん、ひどい金釘流だな。お前といい勝負だ」
横から覗き込んで口を挟んだシドの頭を、バルバネスはこつんと叩いた。
「余計な世話だ。そういう意味じゃない。……これは、古典雄帝国 語、なのか?」
聖句、聖歌等は古典雄帝国 語で残っているものも多いため、教養ある騎士の子弟ならば、多少の古典語の読み書きは出来るものだ。が、見たことも無い単語や、そもそも雄帝国 文字ではない部分も多い。
ダーラボンが帳面 に顔を近付ける。
「ええーと……多分、雄帝国 文字でわかりにくいところは、古代蘭国 語とか瑠国 語の音を、聞いたまま雄帝国 文字で仮表記してあるんだと思います。それから、こっちの見慣れない文字は……古代ロンカ文字……いや、永郷 文字の簡体字かな?辺境の少数民族……の出身だったんでしょうかねえ、これを書いた人は。恐らく、こっちの方が母語なんですよ。急いで走り書きした所とか、思い付いてちょこっと書き足した、みたいな所とか、こっちの字になってます」
イスタークが、始めに一番上に載っていた羊皮紙の束を手に取った。
「すると、これは、そちらの手書き帳面 の方の翻訳でしょうか」
「読めるか?」
イスタークはバルバネスよりも語学が得意で、呂国 語であれば同時通訳も出来るほどなのだが……、
「現代語ではありませんね。多少……意味が拾える所があるか、どうか……」
すると、ダーラボンが手を伸ばした。
「貸して下さい。魔道士なら、かえって、現代呂国 語はわからなくても、旧教伝来時代ぐらいの古い呂国 語は読めることもあります。魔道書で見慣れてますから。あ、読めるって言っても、発音は知りませんよ。意味がわかるってことで……ええと……」
ダーラボンは、上から一枚ずつ頁 をめくっていった。
「ううーん……。翻訳した人も、大分苦戦してますねえ。方言とか、俗語とか、外国語とか、色々混じってるみたいで……注釈がいっぱいです。全然、未完成の、穴だらけですよ。しかも、それを翻訳した古い呂国 語で、僕に読める部分が少ないし……。あ、この頁 なら、何とかいけそうです」
と、指で一行ずつ辿りながら、ゆっくりと読み上げる。
「あー……『午後一時三十五分、水位、七と四分の三』……括弧、単位わからず……と、これは翻訳者さんの注ですね。『アジョラ、ロルカ、私、村の男八人で……東の岸を、崩し始める。五十分、水位、八と二分の一。ファラ教聖職者、三人が来て、言う。川が……満ち足りる……いや、溢れる?ことはない、家に帰り、祈れ』」
「ロルカ伝の、『祈るより堤を開け』の章ですか」
イスタークが気付いて言った。
バルバネスも思い出した。
「待てよ?確かその話、ロルカでないなら、"私"というのは……あ、いや、続けてくれ」
「『アジョラは……怒鳴った』」
「怒鳴った?」
「そう書いてあるんですよ。えー……、」
ダーラボンは息を吸い、言葉を飲み込んだ。
「どうした」
「……『バカ、祈っている時間があるか』」
バルバネス、シド、イスタークの三人が、唖然としてダーラボンの顔を見た。
「え!?」
「聖アジョラのお言葉……か?」
「書いてある通りに、読んだだけですよ!僕だって、ちょっと……いえ、かなり、信じがたいですけど……」
「そ、そうだな。……続きを」
ダーラボンは一つ深呼吸してから、読み進める。
「『今、先に、水を流せば……失うものは、最少になる。何もせず、待てば……岸が壊れるまで、待てば、村が沈む、全て。力のある、男達で、切り……岸の一部を、切り崩し……、女性、子供、老人は逃がせ、高い所に。聖職者達、また言う……川が溢れることはない。愚かなのは、お前達だ。岸を、壊す者には……天罰が、あるだろう。アジョラは……忙しく……いや、焦って、とか、苛立って、ですか……最も年長の聖職者を、土手の上に引き……連れて、行った。この空の暗さを見ろ。川の濁りを見ろ。滝のような、雨の音を聞け。前兆は、明らかだ。あなた方は、あなた方の麦が水に流されるよりも、あなた方の信者が流されることを、望むのか』」
ダーラボンは話を区切って、説明を挟んだ。
「ええーと、ですね。ここで地図と注釈が書き込まれています。文章は、元の帳面 に書いてあったのか、翻訳者さんが書いたのか、ちょっとわかりませんけど……。要するに、彼らが岸を一部切り崩して水を流そうとしている先に、ファラ教寺院と、寺院の荘園があったらしいです。っていうか、元々、いざっていう時に水を逃がすために、水路と遊水池が作ってあったんでしょうか。ただ土手を切り崩そうとしたのじゃなく、水門もあったのかも……。村を守るために、寺院がその管理を担っていたはずなのに、聖職者達が収穫物を惜しんで、手をこまねいていたんですねえ。それで、使徒達と村人達が許可を待たずに放水の準備を始めたと……そういう状況らしいです」
バルバネスは頷き、翻訳の続きを促した。
「『経文を、何度も唱え、祭壇に、供物の山を捧げれば……自然が、望んだ通りになると、予想……いや、期待か……するのは、人の驕りだ。天地が、下される……兆しを、見ず、聞かず、感じようとせず……何も備えず、災いを受ける、それこそを天罰と呼ぶ。あなた方は帰り、祈って嵐が止まると思うなら祈れ、呪って我々が止まると思うなら呪え。我々は、人に出来る限りまで……のことをする。……十五人の男達が、作業に加わる。他の村人は、サリエルが遠くする……避難させる、ですか。午後二時二十分、水位、十と四分の一。アジョラは村の男達を遠ざけ、水竜 に変身し……、』」
「"に、変身し"?"を、召喚し"ではないのか?」
「"変身し"で間違いないです、訳としては。これは、恐らく"憑依召喚"のことでしょう」
「"憑依召喚"?」
「普通の召喚魔法は、杖の先の宝石とかを依り代にして、ごく短い時間だけ……技を一回使う間くらいだけ、精霊や天使、悪魔の力をこの世に顕します。でも、憑依召喚というのは、術者自身の肉体を依り代として、もっと長い時間、もっと自在に、この世ならぬ存在の力を引き出せる術だそうです。別名、"神降ろし"とも言います。すっごく強力ですけど、すっごく危険な技でもあったようで……。"何者か"を憑依させている間、術者はそのものか、そのものと融合したような姿になるらしいんですけど……憑依が解けずに、中途半端に融合した状態で暴走しちゃったりとか。あるいは、姿形は元通りに戻っても、魂の方を乗っ取られて人格崩壊したりとか、悲惨な事故がいっぱいあったみたいです。グレバドス教が雄 帝国の国教になった時、禁術指定されてますけど、それ以前からもう、あんまりにも危険すぎて、手を出す人はほとんどいなかったとか」
「聖アジョラが、その禁術を……」
「……使えたんじゃないか、っていう説を裏付ける史料になりますよ、これは。ええと、『……水竜 に変身し、遂に、堤を砕く。そして、水に沈む寺院から、ファラ教聖職者達を運び出した。彼らは、恐れおののき、呪いの言葉を唱えた。村人達が、聖職者達を……再び打ち負かそうとする?あ、濁流に……突き落とそうとする、のを、アジョラが制止した。村人達もまた、アジョラを恐れ、遠のいた。ロルカが村人達を、叱責する、のを、アジョラが諫めて言う。……人は、人に出来ることをすれば良いのだ』……以上、僕に読めるのはこのくらいです」
バルバネスはこめかみを押さえた。
「待て。……おい、ちょっと待て。ロルカでも、サリエルでもないなら、この場面でアジョラの側にいたのは……まさか、この帳面 の記録者というのは……!?」
イスタークが言葉を継ぐ。
「……"裏切りの使徒"、ジューダス=ゲルモニーク……」
ダーラボンが、更に言葉を引き取った。
「……ですかねえ、矢っ張り。つまりこれは、あれです。ゲルモニーク聖典の原本の、また原本というか。報告書にまとめる前の、生の記録 ……なんでしょうね」
シドが疑う。
「……本当に、本物か?」
「偽物にしては、手が込みすぎてますよ。ゲルモニークは、"魔剣士の隠れ里"ファルガバードの出身と言われています。ファルガバードの住人は、"魔法鍛冶の聖地"エウレカの人々と故郷 を同じくするそうですから、永郷 文字を使い続けていても不自然はありません。逆に、誰がわざわざ、当時ですら絶滅寸前の古代文字を研究して、それらしい偽書を作る必要があるでしょう?しかも、よく見て下さい、顔料 が手で擦れた跡が幾つもありますよ。これを書いた人は左利きなんです。聖アジョラの"左の魔剣"と呼ばれたように、ゲルモニークが左利きだったことと、符合します」
バルバネスもダーラボンに同意した。
「それに、内容が真に迫っている。正直言って、僕は、ロルカ伝のこの話は腑に落ちなかった。だが、ここに書かれているのが事実だとすれば、積年の謎は氷解する」
イスタークが、聖者に憚りつつも言う。
「そうですね。恐らく、ロルカはアジョラの聖性を強調するために、不都合な部分を伏せたのでしょう。そのために、矛盾や齟齬が生じた、ということですか」
「ああ。ロルカの書きぶりでは、アジョラは"神の子"だからこそ、常人にはわからぬ天のお告げを聞くことが出来た。奇跡の力で村人達を救い、頑迷なファラ教司祭達には神罰を下した……という風に見える。だが、それでは『人として出来ることを為す』といっても、ただの人間である村人達や使徒達に何が出来たんだ、ということになる。アジョラを信じて祈るよりほか無いじゃないか、それなら、ファラ教司祭達が帰って神に祈れと言ったのと何が違う、とな。しかし、ここに記録されているのは、何ら神秘的な話ではない。"天のしるし"というのは、誰にでも……とまでは言わないが、見る者が見ればわかる、天気の変化のことだ。精霊や天使は登場しない。そして、アジョラお一人で川の流れを変えたわけでも無かったんだ。危険な最後の一押しは、アジョラが責任持ってお一人で担ったにせよ、そこに至るまでは村人達と一緒に泥にまみれて、地道に土木作業していたんだな」
シドも頷いた。
「ふうむ。怒鳴ったとか、苛立ったとか、随分と人間臭いが、その方がずっと現実味 がある。取り澄まして『愚かな所業である』とか説教垂れるより、ただただ『バカ、それどころじゃない!』って叫び出したくなる状況だよなあ」
「ロルカが何を怒ったのか、それに、最後のアジョラのお言葉も、意味がわからなかった。ロルカ伝では、ファラ教司祭達は神に捧げる言葉を唱えた……というような書き方で、祝福とも呪いとも、どちらにも読める。まあ、子供の頃聞いた講義では、司祭達はアジョラの神通力に恐れ入ってひれ伏した、という解説だったが。しかし、司祭達が大いに反省して畏まっているならば、村人達は『溺れ死ね』と思うほど憤激したろうか?だからこそ『もう許してやれ』とアジョラがなだめた、のであれば、ロルカはアジョラと同時に村人達を静めようとしただろう。アジョラが止めた、そのお言葉を聞いて村人達もすっかり平服したなら、何故その後からロルカが重ねて"叱責した"んだ……しかも、穏やかに"教え諭す"のではなく。そこも、"神の子"アジョラが既に叱ったのだから、"人の子"であるロルカが出しゃばるな……とか。あるいは、神ならぬ人の身の司祭達に未来が見通せなかったのは仕方ない、彼らなりに一生懸命だったのだろうと、庇われた……とかいう説明が為されていたが、どうもしっくりこなかった」
しかし、今のバルバネスには、これまで思いもよらなかった光景が、生々しい情感を伴って目に浮かぶ。
「その、"憑依召喚"の話が事実であるなら、何の不思議も無い。司祭達も村人達も、神々しい奇跡に感服したのではなく、単に、異形の姿になったアジョラを怖がった……ということだろう。それでロルカは、『命を救われたのに恩知らずめ』という風に怒ったのだろうな。そして、アジョラのお言葉は……"人"というのは、ロルカや司祭達、村人達のことを指しておっしゃったのではなかったんだ。身を削って護った者達に忌み嫌われる、それでもいいと……"人"として出来る限りのことをする、と、ご自身の覚悟を述べられたのだな。……そう考えるのが自然だ」
バルバネスは溜め息を吐いた。
「ここに記されているアジョラは、天の高みから人を導く、完全無欠な"神の子"じゃない。人々と共に汗を流し、感情的に怒りもし、危険な禁術の影をまとってさえいる……"人の子"だ。だが、美的でも劇的でもない、ほんの簡潔な記述の中にも、アジョラの息遣いが生き生きと感じられる。かえって、格調高く整えられたロルカ伝の文章からよりも、アジョラのお姿が身近に、しかも一層尊く胸に迫ってくるようだ……。この記録は真実であると、僕は確信する」
手文庫の内容物が想像以上の貴重品だったことに圧倒されて、四人はしばし、押し黙った。
やがて、最初に口を開いたのはシドだ。
「……で?一体、どこのどいつが、何の目的で、こんな御大層なものを手に入れようとしてるんだ?」
「ううーむ……」
バルバネスには見当も付かない。
ダーラボンが手を挙げ、指を一本だけ立てて掌を握った。
「まず、真っ先に考えられるのは、グレバドス教会の関係者ですよね。法皇様とか、大司教様とか。ゲルモニーク聖典は、聖アジョラの真実のお姿を知るための、大事な資料ですから」
「それはそうだ。しかし、当然すぎて、隠れる必要がないだろう。法皇庁ならば、正当な所有権があるのだから、誰が相手だろうが堂々と使者を派遣して受け取りに行けばいい」
「そうとも限りませんよ。グレバドス教会は、ミュロンド正教派だけじゃありません。東方に広まっている覇帝国 正教派の方が、信者数としては優勢だという説もあります。古代に異端として追放された密教系会派なんかも、原典の教えに忠実であろうとして、古写本とかを熱心に蒐集してますし。何より、呂国 旧教派があります。今でこそ、ミュロンド正教派の指導下に収まってますけど、再分離・独立の可能性もなきにしもあらずですからね。特に、呂国 との開戦が噂される昨今では」
「成る程な。真っ正面から所有権を主張すれば、宗派間抗争に発展しかねない。それが世俗の外交に影響する危惧もある。……となれば、秘密裡に、と考えてもおかしくないわけだ」
「はい。次に、異教勢力」
ダーラボンは二本目の指を立てる。
「ゲルモニーク聖典というのは、つまり、いわば"歴史遺産的大暴露本"です。ここには、神格化・伝説化されていない、"人の子"アジョラのお姿が描かれています。真実を知って、バネス先輩のように畏敬の念を深める人もいるかもしれませんけど、まあ、がっかりして信心が薄れる人もいるでしょう。……その方が多数派かもしれません。異教勢力が、グレバドス教会の言うことなんて嘘っぱちだぞと、吹聴するために……ってことです」
「大いに、あり得るな。鴎国 人は基本的にファラ教徒だ。グレバドス教の権威が失墜すれば、我ら畏国 軍の士気は下がり、彼らの側は上がるだろう。今この時期にそんなことをされれば、一時休戦交渉さえ決裂しかねない」
バルバネスが言うと、シドが疑問を呈した。
「んんー?しかし、鴎国 の仕業なら、リオファネスから入って西のガリオンヌ領に持ち込むより、東の是領 なり本国なりに向かうんじゃないのか?」
「わからんぞ。畏国 内部から噂を広めて、切り崩そうとするやもしれん」
「それもあるか。特に、レナリオ伯の宿敵と思われてる、お前の親父さんの領地から手始めに……とかなあ」
ダーラボンが付け足した。
「ファラ教じゃなくて、紗国 や塔国 のアフラー教勢力ってことも考えられますね。畏国 と紗国 の同盟関係……というより従属関係に不満を持って、ということです。陸路でドーターやウォージリスの港まで運んで、そこからまた船で南東に向かうつもりだったかも」
シドが三本指を立てた。
「おっ、わかったぞ。要するに、こいつはグレバドス教会にとっての"弱味"なんだろう。だったら、三つ目は世俗権力だ。あっちこっちで、枢機卿や大修道院の領地が拡がりすぎて、目の上の瘤になってたりするよな。都合悪いことバラされたくなけりゃ、言うことききやがれと」
「そうですけど……教会を脅すなんてことを考え付くのは、よっぽどの有力者ですよ。でなければ、異端審問で有罪にされて、あっさり返り討ちでしょう」
「国王陛下か、ラーグ公か……あるいは矢張り、父上である可能性も否定出来んのか?」
バルバネスが言うと、イスタークが立ち上がった。
「いえ、それはあり得ません!大殿がそのような謀を企てるなど……仮にあったとしても、何も知らぬ一般人を利用するなど、考えられません。必ず、最初から最後まで、信の置ける配下にお任せになるはずです」
バルバネスは手振りで、イスタークに座るよう促した。
「その配下が、更に別の誰かを利用することも考えられる。忠義は有難いが、予断は避けることだな、イスターク。まずは、あらゆる可能性を検討すべきだ」
「は、はい……。気を付けます」
イスタークは顔を赤らめ、椅子に座り直した。
「他には?」
「ええーと、四つ目に考えられるとすれば、魔学研究者ですかねえ。ゲルモニーク聖典には、今は失われた古代の魔法に関する記述も色々あるはずです。召喚魔法や青魔法、"最上級 "魔法、究極魔法 に完全回復 、時空転移 など……。聖アジョラや使徒達だからこそ使いこなせたと思われている魔法が、実は現代の一般人にも使えるとしたら、魅力的な研究課題 ですよね。純粋に知的好奇心から、かもしれませんし、軍事研究として、という場合もあるでしょう」
ダーラボンに続き、イスタークも発言した。
「五つ目の可能性として、商人もあり得るのではないでしょうか。ここまで挙がった様々な理由から、何としてもゲルモニーク聖典を入手したいと望む者ならば、金に糸目は付けないでしょう」
「そうだな。それに、最初にボアが、外側の箱だけでも相当な値打ち物だと言ったろう。中身が何か知らぬまま、取りあえず骨董品として確保したという可能性も、矢張り排除すべきではないのかもしれない。中の荷の稀少性を考えれば、素人に一人で運ばせるのは無防備すぎないか?」
シドが手文庫を手に取り、矯めつ眇めつ眺めた。
「かもな。最初にこれを手に入れようとした奴は、価値に気付いてなかったのかもしれない。だが、こうなっては、最初に誰が何の目的で……というのは、あまり意味が無いか。正体を知ってしまえば、こいつには色んな使い途がある。手にした奴が次々と、起屍鬼 感染のように、欲の亡者に成り果てかねない代物だ」
「……。お前自身も、か?」
と、バルバネスが尋ねた。
「いや。俺が魅力を感じるのは、女の子にだけだ」
「言い切ったな」
「……いや、若い子限定で、熟女はダメという意味じゃないぞ?」
「それは枝葉末節だ」
「何だよ。お前だって、メシと武者修行以外に興味ないだろ」
「まあな」
と答えてから、揚げ足を取られそうな気がして、付け足した。
「……いや、姫のことを忘れているわけではないぞ」
だが、かえってシドは突っかかってきた。
「うわっ、まさしく二の次、三の次か。姫様、お可哀想になあー。これは、ご注進して差し上げよう」
「バカ、違う!俺が武術の腕を磨くのは、何も、己の名誉栄達が目的じゃない。姫や姉上達、領民達を護りたいがためであって、それはもう、言うまでもない当然の前提ということだ」
「あー、成る程なあ。すると、日がな一日剣ぶん回して、飯食って寝てだけに見えるお前の毎日も、実は是れ全て姫を想い、姫のために捧げていることになるわけか。それはそれで、是非とも姫様のお耳に入れて差し上げなけりゃな」
「それも曲解だぞ。全く、お前はつくづく、そういうことばかり考えているんだな……」
助け船のつもりか、ダーラボンが話題転換した。
「僕はいつも、魔法研究のことばかり考えてますよ」
「私は、どうすれば若のお役に立てるかを」
と、イスタークも言った。
バルバネスは笑った。
「少なくとも今のところ、ここにいる四人には、おかしな欲望 が取り憑く余地は無さそうだ」
シドも笑った。
「だな。なまじな大人に頼るよりも、俺達で箱を開けたのは正解だった」
ダーラボンが思案顔になる。
「うーん、ですけど、正解だったと言えるのは、事件を解決してからですよ。バネス先輩、これからどうしましょう?色々、わかったことや考えついたことはありますが、まだ具体的な犯人像はちっとも見えてきません」
「そうだな……、」
バルバネスは布製の護符をつまみ上げた。
「レーゲンデ大修道院に行き、受取人との接触を試みよう」
「では早速、私が行って参りますか?」
とイスタークが申し出たが、バルバネスは頭を振った。
「来るのは代理人らしいが、ここまでの考察から、受取人はそれなりの社会的地位のある人物だと予想される。僕が直接会って、話をしたい。それに、イスタークには別の用事を頼みたいんだ。イグーロスとリオファネスで、他に手掛かりがないか、もっと詳しく調べてきてくれ」
「かしこまりました」
ダーラボンが、今度は荷袋から筆記用具を取り出そうとした。
「そういうことでしたら、特に確認したい点がいくつかあります。備忘録 をお渡ししますね」
「ああ、いや、紙に書くと人目に触れる恐れがある。口頭で済ませてくれ。大丈夫だ、イスタークは記憶力がしっかりしているから」
「そうですか。では、後ほど」
シドが首を捻る。
「ベオルブ家の御曹司自らが乗り出してきて、受取人が素直に現れるかねえ。誰も来なかったらどうする?」
「少なくとも、院長様に心当たりがないか話を伺うことは出来る。リオファネス城に来ていたという異端審問官も、いずれ訪ねてくるのじゃないか」
するとダーラボンが、片方の手の平に、もう一方の手の人差し指を当てた。
「そのことですが、言い忘れてました。六つ目の可能性に注意して下さい。ゲルモニーク聖典は、超特級の禁書です。つまりその、自分自身で解読するためではなく、誰かを陥れるための罠としての使い方も出来る、ってことですよ。こっそり所持していただけでも謹慎・破門、利用目的によっては国外追放や火あぶりの刑なんてことも……。もしも誰かが、例えばドラコニア伯を失脚させようと目論んでいるなら、異端審問官はいきなり、問答無用でこちらを犯人扱いしてくることもあり得ます。対応には慎重を要します」
「わかった。気を付けよう」
シドが溜め息を吐いた。
「お前が気を付けたって、相手が聞く耳持たないかもしれないんだろう。しょうがない、俺も付いて行ってやる。ああ、修道院なんぞ男ばっかりでむさ苦しくて、抹香臭くて、何の面白味も無いのに。どのくらい時間かかるんだろうなあ」
「たまには煩悩を断って、性根を鍛え直せ」
バルバネスは笑って、シドの肩を叩いた。
「と、いうことは、受取人が誰であるにせよ、この書物一式は包み隠さず、自主的に異端審問官に提出すべきなのか?」
「原則的には、そうです」
「ならば、変則的には?」
「……国王陛下に献上すべき、なのかも……。弱味を握るとか、ゆするたかるとか、感心しないですけどね。でも、何らかの事情で、世俗の側に、宗教権力に対する"切り札"が必要なのだとしたら……宗教権力側にみすみす渡してしまったら、僕達"要らんことしい"ですよ。……ふむ、ふむ」
ダーラボンは額に指を当て、目を瞑って少しの間考えた。
「分けましょう。この荷を、三つに分けるんです」
再び目を開けたダーラボンは、バルバネスの目の前で実際に荷を分けながら話した。
まず、布製の護符と、空になった手文庫。
「いいですか?これらは、レーゲンデ修道院に持っていって、人目に付くようにして下さい。箱の中には、別の古本か何か、適当な疑似餌 でも入れておけばいいと思います。中身が何かは知らないけれど、何だかこの中に貴重品が入っているらしいぞ……程度の認識の人ならば、こちらに食いついてくるでしょう」
次に、印刷された報告書の原本と、その対訳本。
「こちらも修道院に持っていってもらいますが、人に見られないように隠しておいて下さい。状況によりけりですけど、本来の受取人か、異端審問官が現れたら、話し合った上で、渡すかどうか判断して下さい。誰がどの程度まで事情を把握しているのか、現時点ではわかりませんが……場合によっては、原本もしくは写本だけ渡せば、充分納得してくれるかもしれませんし、それすら求められないかもしれません。草稿の存在まで知っていて、要求されるのが、一番厄介なんですけど……」
残るは、手書き帳面 と、その未完の翻訳原稿だ。
「一番の肝は、この二つです。バネス先輩が最終的に、誰に渡すのがいいか決めるまで、僕が預かりましょう。そして、それまでの間に写本 を作ります」
バルバネスは、ダーラボンの顔を見た。
「いいのか?危険だぞ」
「ふふふ……、ご安心下さい!我が家の安全対策 は万全です!」
と、ダーラボンは胸を張った。
「ここ、レニ湖畔の別荘も、父自ら設計を手掛けた、魔法カラクリ屋敷といってよい構造でして!外周には祖母が仕掛けた芸術的な罠 の数々!さりげない内装品 の中にも、母が厳選したこだわりの警戒・防御装置が隠されていますし。勿論、僕の研究室 にも自作の魔法障壁 及び物理的罠 を張り巡らせています。正面玄関以外からの、招かれざる客の侵入など絶対不可能!死角は一切、ありませんっ!!」
力一杯断言するダーラボンに、シドが苦笑する。
「お前んち、家族揃って、そういうの好きだよなあ」
「大好きなんですよー!」
バルバネスは手を振った。
「いや、刺客や泥棒に狙われないかという、物理的な危険に関しては心配ないとしても。社会的に、ということだ。ゲルモニーク聖典は、私的に写本を作ったり、所持したりすることを禁じられているのだろう。写本でも原本でもなく、草稿だから……というのは、詭弁に過ぎない。むしろ、複数存在する"原本"以上に、手書き草稿の方が重要機密文書のはずだ。取り扱いには一層の危険を伴う」
ダーラボンは、真剣な眼差しをバルバネスに向けた。
「危険だからこそですよ。もしも、世界に一冊きりしかない本を独占した人が、それを隠滅したり悪用しようとしたりしたら、他の人にはどうすることも出来ないでしょう?写本があれば、現物と全く等価とはいかないまでも、少なくとも内容はほぼ同等に享受出来ます。現物を誰かに渡した後でも、牽制・対抗する手段になりますよ」
そこまで言って、にこりと笑って見せた。
「大丈夫です。あくまでも、エスト様もおっしゃってた、"周到な準備"の一環ですよ。バネス先輩が何か失敗 をするんじゃないかって疑っているわけじゃなくて、色々、不測の事態が起きた場合なんかも含めて、上手く事を収めて下さるはずだと、信じてますから。僕、怖くありませんよ。心配しないで下さい」
シドが卓子 の下を覗き込み、
「……。足、震えてるぞ」
と、ダーラボンの足を蹴飛ばした。
「わあっ!?」
ダーラボンは飛び上がり、頭を掻いた。
「もう、恥ずかしいなあ。バラさないで下さいよ。えーと、その……矢っ張り、怖くないとは言いません。だけど、バネス先輩の力を信じてないからじゃないんです。ただ、先の見通しが立たないから……。怖くは、ありますけど……でも、やれます、やります。ここまで来て、他の人に頼むなんてナシですよ。弱虫だからって、僕を仲間から外さないで下さい!お願いします!」
深々と頭を下げたダーラボンに、バルバネスが声を掛ける。
「弱虫だとは思わんさ。僕だって怖くなってきた。予想以上の大ごとになりそうで」
「えっ?」
ダーラボンは驚いて、バルバネスの顔を見上げた。
「だがな。昔、プリマ姉上が言ってくれた。怖がらないことではなく、怖くても立ち向かっていくことが、勇気があるということなんだ、と」
バルバネスは、ニッと笑った。
「ボア、有難う。先行きが全て読めたわけじゃないが、お前のおかげで、僕やシドではとても考えつかないようなことまで、随分と見えてきた」
シドがぶつくさと文句を言う。
「メシのことしか考えてないお前と同列ってのは、どうもな……」
「ならば、そう言うお前は女のこと以外に何か考えてるのか?」
「そりゃ、考えてるぞ。例えば……。……、どうやってお前をおちょくってやろうか、とか?」
バルバネスは肩をすくめた。
「これだからな」
イスタークが思わず吹き出し、
「失礼しました」
と口を押さえた。
「僕には参謀 が必要だ。手伝ってくれるなら、大歓迎だとも。僕の方から、是非ともそう願いたい」
もう一度、バルバネスはダーラボンに右手を差し出した。
「はいっ!任せて下さい!」
ダーラボンはしっかりと、バルバネスと握手を交わした。
四人が"作戦会議室"を出た頃には、正午近くなっていた。
「お疲れ様!お昼ご飯出来てるわよ。それから、後でボア君の家に持っていく用の焼き菓子 もいっぱい焼いておいたから。お土産の分と、アナタ達が間食 に食べる分と」
エストが当然の如く言うのを、バルバネスは聞き咎めた。
「……は?」
「バネスとシド君は、レーゲンデ大修道院で荷物の受取人が現れるのを待つんでしょ。イスタークはイグーロスとリオファネスに行って聞き込み調査。それで、細かい打ち合わせのために、今日はボア君の方の別荘に皆で泊まり込み。違う?」
バルバネスは顔をしかめた。
「エスト姉上、盗み聞きなさっていたんですか!?」
「聞かなくたって、わかるわよぉー。いきなり犯人を特定出来る証拠が出てきたのじゃない限り、そうなるでしょ?行き先が逆って可能性もないではないけど、イスタークじゃ、レーゲンデ大修道院に滞在する"表向きの理由"が無いものねぇ。今更、テンペル先生に呂国 語を習うってのも不自然なくらいだし。バネスとシド君なら、カイエン師の下で闘気技の修行をするっていう、立派な用事があるでしょ」
"聖剣技"や"破壊魔剣"等の特殊剣技を修得し、"聖騎士"となる資格を得るためには、修道院等で神殿騎士の師範の指導下、武術の鍛錬と同時に精神修養も積まねばならない。
「その程度は、アタクシだって考えるわよ。バネスが無理だって言ったら、アタクシが姉様達に協力してもらって、引き受けるつもりでいたもの」
これも当然の如く、エストはさらりと言う。
ダーラボンが呟く。
「ベオルブ家の"運命の三女神"が本気出せば、向かうところ敵無し、でしょうねえ……」
プリマヴェーラ、フローラ、エストレーラの三姉妹と、その侍女達の総合力――物理的戦闘力、魔法力、知力、情報収集力等々を足し合わせたもの――を、四人の男子達は、自分達のそれと頭の中で比較計算してみた。そして、四人が四人とも、
((勝てる気が、全くしないっ……!!))
ことに、愕然となった。
「矢っ張り途中棄権 したくなったら、いつでも言いなさいねぇー。アタクシがきっちり引き継いであげるからぁ」
「いえ、僕が責任持って、最後までやり遂げます!こちらからお願いするまで、姉上達は手出しなさらないで下さいっ!」
バルバネスは、むきになって宣言した。
「うふふっ。じゃあ、事件の方は任せたけど、一つお節介を焼いてあげるわ。イスターク、イグーロスに行くなら、フローラ姉様に言伝をお願い出来る?」
「はい、何でしょう」
「フローラ姉様に、ソフィアをここへ連れてきてもらいたいの。しばらく、花嫁修業のためにアタクシ達が預かりたいって、お姉様からソフィアのお母様に頼んで下さらないかしら、って。その方が安心出来るでしょ、バネス?」
バルバネスは、微妙な困惑の表情を浮かべた。
「いや、それは……。敵の手が及ぶ恐れが無い、という面ではその通りですが……。別の面での、不安が……」
シドが、思い当たって、ぽんと手を打った。
「ああー、あれか?女三人寄れば、ってやつだ。思い出話に花が咲いて、子供 の頃の失敗談なんかが次々と白日の下に……」
「いいじゃないのよぉ、そんなの。使用人達の噂話が回り回って耳に届くよりは、よっぽど恥ずかしくないわよ?」
「それも、ありますが!」
バルバネスは、エストの両肩に手を置いた。
「くれぐれも、姫におかしな服を着せるのは止めて下さい」
エストレーラは、自作の衣装を人に着せ付けるのが趣味なのだ。
「おかしな服とは何よぉ、失礼しちゃうわねぇ。アナタが、美的感覚 がなさ過ぎるんだわ」
ダーラボンが、世辞にならぬ程度に、婉曲に言う。
「エスト様はいつも、華やかというか、きらびやかというか……斬新なの、着てらっしゃいますよねえ」
「諸事控え目で奥ゆかしい姫に、姉上好みの派手な服が似合うと思う方がどうかしています!」
「じゃあ、フローラ姉様みたいなカワイイ系がいい?」
「フローラ様は……いつも、御伽話的 というか……お花模様とか襞 とかがいっぱい付いた、かわゆらしいのがお似合いで……」
「幾つになっても、あんな少女 趣味の格好で気後れもせず表を出歩けるのは、フローラ姉上ぐらいです!」
シドが面白がって、混ぜっ返す。
「いっそのこと、プリマ様のような女武者姿というのも、落差 が意外な色気を醸し出すかもしれんなあ」
「ああ、プリマ様はいつも……男性的 というか、活動的な凛々しいお姿で……」
「んー、それもいいかも?服は人を作るって言うでしょ、ソフィアはもうちょっと、積極性を身に付けてもいいと思うのよねぇ」
バルバネスは大きく手を振った。
「やめて下さい、そっとしておいて下さい。姫は今のままが好いです。姫までが、姉上達のような人食い鬼ババの同類になってしまったら、僕は城 に帰りたくなくなります!」
「あらっ、鬼ババとは何よ」
エストは懐に差していた扇子を抜いて、ピシャリと弟の額を叩いた。
ダーラボンがこっそりと訊く。
「何か、いい音しましたよ。鉄扇ですか?」
「霊銀 製です」
イスタークが囁き返した。
「安心なさいな。別に、アタクシが遊びたいだけじゃなくて……」
「"わけじゃない"のではないのですか」
「そこは否定しないわ。でも、そんなに着せ替えに費やしてる暇も無いのよねぇ、残念だけど。あながち口実でなしに、そろそろ、ソフィアにも色々とベオルブ家のやり方を覚えてもらいたいから」
ダーラボンが恐る恐る尋ねた。
「あのう、ベオルブ家のやり方というと、まさか……。噂に聞いたんですけど……、夏の今頃、よく、ベオルブ家の姫様、奥方様方が、こちらの別荘に集まって休暇を過ごされますよね。それが実は、和やかにお茶飲み話しに来るのじゃなくて。王家とラーグ公家、それにベオルブ本家周辺の情報を持ち寄って、『あそこの領主は腰抜けだから首をすげ替えてやろう』とか、夜な夜な、怖ーい密談を繰り広げるのが習わし、とかいう……」
「あらヤダ、どこから聞いたのぉ?そーんな魔女集会みたいなコト……」
エストはフッと、凄味のある微笑を浮かべた。
「してるわよ」
ダーラボンの背筋がゾーッと凍り付いたところで、
「……なーんて言ったら信じるぅ?うふふっ」
エストはころころと笑い飛ばした。
「バネス先輩~っ、今のどっちですか!?本気?冗談?」
「ううーむ、僕にもわからん」
シドも、たじたじとなった。
「そういや、俺も小耳に挟んだことがある。ベオルブ家は、息子よりも娘が多い代に栄える、ってな」
エストは大笑いして、怖じ気付いている若者達の鼻先を扇子であおいで回った。
「おーっほっほっほ……!何も、取って食いやしないわよぉ。むしろね、アナタに食べさせてあげる方の話よ、バネス。アタクシがお嫁入りして城を離れるまでに、ソフィアにもちゃんと、アナタの好物の料理法 は全部伝授しておくから」
「……はあ、それはどうも」
「お父様がわざわざ、お母様を是領 に呼び付けたのだって、結局それなんだから。レナリオ伯にやられた傷なんか、もうほとんど治ってるのよ。ただ、体調っていうか、食欲が戻らなくって……『是領 の食い物は何でもかんでも塩っ辛くてかなわん』とか、わがまま言ってるんですって。故郷の味が恋しくなっちゃったのねぇ。母様が、食材とか調味料とか、船便でどっさり持ってったから、すぐに元気になるでしょうよ」
シドが苦笑する。
「矢っ張り、ベオルブ家の男は色気より食い気か!」
「そうよぉ。この子だってね、士官学校 の寮に入ってせいせいしたとか言うくせに、いっつも休みになった途端、ご飯食べに帰って来るんだから」
「姉上……」
バルバネスは決まり悪そうに、エストを小突いた。
「ふふっ。何だっていいのよ。可愛いお嫁さんが待ってるからでも、美味しいご飯が食べたいからでも、懐かしい山や河をもう一度見たいからでも……。必ず生きて帰るんだ、っていう気持ちが、遠く離れていても、アナタを護るわ。アナタが帰って来る場所を守るのは、もうすぐソフィアの役目になる。でもアタクシだって、地元 に残って、ずーっとソフィアとアナタを助けていくわよ。何たってアナタは、アタクシ達の自慢の、可愛い弟ですもの」
妖艶といってもいい美女が腕を絡めて頬に口付けしてきても、平然と――どころか、煩わしそうにしていられるのは、弟なればこそだ。むしろ、傍で見ている若者達の方が、胸がざわついてしまう。
(こいつが色仕掛け耐性高いのって、"麗しの許婚殿"のおかげというよりも……)
(外面天女、内面鬼ババ……ですか??羨むべきか、同情すべきか……)
バルバネスは、それぞれに傾向 の違う、美しき三人の烈女達に庇護さ れてきたのだ。
「可愛がり方が、間違っています」
バルバネスは額の、先程叩かれた辺りをさすりつつ言った。
「しかし、エスト姉上が作る包み焼き と焼き菓子 が絶品であることは、認めざるをえません。さっきから、匂いだけ嗅がされているのは苦行に近しいのですが……。早いところ、御馳走して下さいませんか」
「はい、はい。感謝の仕方が、間違ってるわ!」
エストは、四人の若者達を食堂に案内した。
ダーラボン先生の講義(チュートリアル)
ディリータばりの頭脳派ながら、野心のカケラもない。魔法研究とメカフィギュア製作(……えーっと)をこよなく愛する、"ダラ公"君こと、若かりし日のボーアダム=ダーラボン先生です。
私は最初にプレイした時、リオファネス城の連戦からどうしても抜け出せなくなり、一から出直す羽目と相成ってしまいました……(涙)。ウィーグラフさん、強すぎるよ~っ!!
レベル連動なので、やみくもにレベル上げするだけでは、対策にならない。サシのガチ勝負だから、仲間を当てにすることも出来ない。あくまでも、己(ラムザ君と、プレイヤーである私自身のテクニック)を鍛えるしかないっ!
……初心に返り、ダーラボン先生の講義(チュートリアル)で勉強し直すことにしました。
わかり易い。攻略本とかよりも、実際に"演習"してみるのが一番ですね。基本のキから、細かい応用技まで、今まで疎かにしていたあれこれが、ゼクラス砂漠の砂地が水を吸い込むが如く(?)染み渡りました。文章だけの知識編も隅から隅まで読んで、今度こそ免許皆伝!……かな??いざ!
おかげさまで二回目は、バトルも危なげなく勝ち進めるようになり、会話や設定など、物語の細部を味わう余裕も出来ました。
ボコの(どこかで会ったような……?)という心の声の意味がわかった時は、感動しましたよ!
こ、これはっ……。呂布の愛馬が関羽に、ラオウのそれがケンシロウにとかいう、あれでしたか!ラムザ君、名馬ならぬ、名鳥にも主として認められる強者だったのですね!うおーっ、ウィーグラフとの対決が楽しみになってきたあっ!!
……ってなものです。
勿論、リオファネス城戦で雪辱を果たすことも出来ました。ダーラボン先生、有難うございます!
そんな大恩師・ダーラボン先生にも是非ご登場願いたく、ここに一席設けた(?)次第であります。
父ちゃん世代のエピソードなので先生もまだ少年ですけど、ゲーム中の設定として、温厚な老教官というところが良かったと思いますよ、私としては。士官アカデミーの先生だからって、ビリー教官みたいな陽気なタフガイだったりしたら、暑苦しさに挫けてしまったかもしれない(?失敬!)
士官候補生達も、きっとそうだと思う。実技の先生方は「君達なら出来るっ!筋肉は決して裏切らない(ムキムキッ)!!それ、あと二十回ーっ!」……ってな調子でしょうから。ダーラボン先生の戦術講義の時間は、貴重な休憩時間、心のオアシスなんですよ。
ガストンなんかは、後でディリータのノート見せてもらうつもりで、最初っから爆睡でしょう。「えー、知れば自ずとその先が見えてきます……」とか始まる前に、出欠すら代返で(笑)。
でも、授業中は特に注意しないけど、試験は厳しいのです。「ちゃんと覚えておかないと、死にますよ」とか言って、しっかり身に付くまで何度も追試・補習して下さいます。……そんな感じのする先生です。
フィギュア製作が趣味、という"何だそりゃ?"設定はですね。
日頃主に頭脳を使うお仕事に従事している方々には、無心に手作業することが良いリフレッシュになるそうで。ジグソーパズルとか、プラモ作りとか、大人の塗り絵とか、編み物とか……瞑想に近いリラックス効果が得られるそうです。
ということでダーラボン先生も、大人になっても、休日にはせっせとフィギュア作りに没頭しているのです。そして、教え子達に「えーっ、先生、こういうのお好きなんですか!?」と驚かれたり、娘のマルさんに「多すぎ!片付けてよー」と呆れられたりしつつも、コレクションでいっぱいの部屋に招いてワイワイお茶を飲んだりするのが、くつろぎの一時なんですよ。
……なんて、勝手に想像してみたりします(笑)
ベオルブ家の別荘にて――。
シドと、三角帽子を被った魔道士の少年を、バルバネスとエストレーラが門まで出迎えた。
「いらっしゃい、シド君に……ボア君?魔法学者のダーラボン先生の所の?大っきくなったわねぇー。と、思ったら、まだまだ水増ししてただけ?」
エストは魔道士の少年の帽子を取り、ふわふわと柔らかく拡がる薄茶色の髪を、押し潰すように撫でた。
「姉上、失敬でしょう。子供じゃないんですよ」
バルバネスはエストの手から帽子を取り上げ、魔道士の少年に返す。
魔道士の少年――ダーラボンは照れ笑いした。
「ははは……。実際、若輩ですよ。それより、ベオルブ家の
ほとんど大人の体格になっているバルバネスやシドに比べると、身長や肩幅も小さいし、顔立ちにも幼さが残っている。が、口調は落ち着いて大人びており、精神的には早熟なように見えた。
「そりゃ、アレは忘れられないわよぉー。いつだったかしらね、宵の口に、湖の向こう岸でいーっぱい魔法の光が打ち上がって。水面にも映って、すっごく綺麗だったから、何かお祝いの花火だと思ったわ。そしたら、火事だとか実験失敗だとか、大騒ぎになって人が集まってくじゃない。アタクシもお見舞いに行ってみたら、やったのはお父様やお婆様じゃなくって、小っちゃい息子さんだっていうから……驚いたわぁ」
バルバネスの脳裡にも、閃くものがあった。
「ああ、そういえば……。去年だったか、幼年学校の屋根を"
「そうです、それ、僕です。面目ない」
頬を赤くして首をすくめたダーラボンの背中を、シドがパシッと叩いた。
「ある意味、才能が溢れすぎてるんだな。新しい魔法もすぐ覚えられるし、魔力の伸びも早い。
頭の回転も速いぞ。ただ、喋り出すとダラダラ長くてまどろっこしくなるんで、通称"ダラ公"だ」
ダーラボンは三角帽子を握り締めた手を胸に当て、折り目正しく御辞儀をした。
「改めまして、ボーアダム=ダーラボンといいます。僕の方はずっと、ベオルブ先輩のご活躍ぶりを見聞きして、
この度は何だか、僕に、とっても重要な役目を任せて下さるそうで!僕に出来ることでしたら、何でも、是非とも、喜んで、させていただきますよ!」
「ああ、有難う。よく来てくれた。いや、やるかどうかは、話を聞いてから決めてくれていいんだ。ただ、話を打ち明けるだけでも、もう
と、バルバネスは右手を差し出した。
「いやあ……それは、ちょっと、畏れ多いです……」
尻込みするダーラボンに、横からシドも言った。
「俺のことも"シド"と呼べって、前から言ってるだろう。"オルランドゥの若君"がヤンチャしてるとかいう噂が立つと、兄貴のことと紛らわしくて、迷惑かけちまう。"シド"の方がいい……というより、そうでないと困る」
「悪口なんて言いませんよ、僕、オルランドゥ先輩……のことも格好いいと思ってますよ。だけど……、じゃあ、わかりました。バネス先輩、シド先輩、よろしくお願いします!」
ダーラボンはバルバネスの手を握ると、帽子を持った方の手で頭を掻いた。
「あのー、では、僕の方も……。"ダラ公"でも構いませんけど、出来たら、名前の方で。ボアとかアダムとか、呼んでもらった方が嬉しいです」
「わかった。よろしくな、ボア」
バルバネスは、ダーラボンの手を強く握り返した。
「はい!精一杯、頑張りますよ!」
「鈍くさいことやらかしたら、また"ダラ公"だぞ」
と、シドが小突いた。
ダーラボンは三角帽子を被り直し、手袋も嵌め、張り切って、帯に差していた
「さあ、それで、何をすればいいんですか?準備万端、
「ああ、いや、魔法を使ってもらうのは後だ。まずは中に入って、これまでの話を説明しよう。
「……暑い、です、流石に」
ダーラボンは
「持ちましょう」
と、バルバネスの斜め後ろに立っていた青年がダーラボンに近付いた。
中肉中背、髪の色も
「有難うございます、ええと……?」
口数の少なそうな青年に代わって,バルバネスが紹介した。
「イスタークだ。イスターク=ウォルフォート。僕の子供の時分からの守り役にして、将来の副官、かな」
「ひゃ、偉い方でしたか」
ダーラボンは差し出しかけた荷袋を引っ込めたが、イスタークは微笑んで受け取った。
「別に、偉くはありません。我が家は、士官
「イスタークは普段、ドラコニア城で、父上や城代の雑用を務めているんだ。その方が実力は付いているかもしれない。士官
「現場叩き上げ、のお人なんですねえ」
バルバネスはシドを横目で睨みながら言った。
「まあ、正直言って、一緒に士官
「うわっ、"なんぞ"とはお言葉だな、ええおい。ついさっき、誰よりも心強い友だとか何とか、言ったばっかりじゃないか。前言撤回するのか?」
「撤回はせん。だが補足する。お前は確かに、非常時の
「いいだろ、楽しけりゃ」
「楽しんでいるのはお前の方だけだ。俺は頭が痛い」
肩を組もうとするシドと、嫌そうに押し返すバルバネスを、イスタークは笑って見ている。
「私では、シド様の代わりは出来ません」
「つまりは、あれですね、それぞれ"無二の親友"と、"腹心の部下"ということですね」
と、ダーラボンは頷いた。
エストが苦笑する。
「イスタークは、つい世話を焼きすぎるのよねぇ。シド君みたいに、ちょっとくらい負荷を掛けてくれた方が、いい鍛錬になるのに。
今朝だって、迎えに来るのが随分早かったんじゃない?」
「そうですか?若が朝戻るとおっしゃるなら、朝食に間に合わぬはずがありません。何かあったものと判断して、急ぎ参ったのですが、見当違いでしょうか」
「あ。確かに、それは間違ってないわぁ」
パンパン、とエストは手を叩いた。
「腹が減っては戦は出来ぬ、だわね。特にバネスは。さっ、中に入って。お茶を用意してあるわよ。まずは腹ごしらえして、それから、作戦会議しましょ!」
バルバネスが手を挙げた。
「ちょっと待った。エスト姉上が仕切らないで下さい。
「あら。アタクシをのけ者にするのぉ?つまんなーい」
と、エストはいじけた目付きで弟を見上げた。
「つまる、つまらないという問題ではないでしょう。
「すっっっごく楽しそうなのに……」
「何も、楽しいことなぞありますか。いや、あったとして、命と天秤に掛ける価値がありますか?」
「あるわ!」
間髪入れずに答えたエストを見て、シドが愉快そうに笑った。
「はははっ!流石、ベオルブ家の姫というべきか。気が合いそうですな、エスト殿!」
「……俺の姉上だぞ?」
シドがさり気なく伸ばした手を、バルバネスはすかさず、はたき落とした。
「と、冗談はさておいて」
「本音にしか聞こえませんでしたが」
「……さておいて。バネス、わかってる?基本的に、お姉様達はもう、嫁ぎ先の側の人間なんだから。お父様お母様や叔父様達がそっくり
「……肝に銘じておきます」
思わず縦皺の寄ったバルバネスの眉間を、エストはピンと指先で弾いた。
「ヤダ、何で"背水の陣"みたいな顔してるの、しっつれいねぇー。アナタに心配してほしいわけじゃないわよ。後ろの心配は要らないから、心置きなくお頑張りなさい、って言ってるの」
エストは背伸びして、とっくに自分よりもずっと背の高い弟の頭を撫で、頬に口付けした。
「わかりました。姉上のお力が必要になった時は、遠慮なく頼ります」
「心配はしなくていいけど、遠慮はして。そりゃ、いざって時は力になるけど、そもそも、いざって事態になる前に周到な備えをしておくのが、責任者の務めよ。か弱い
「エスト姉上はちっとも、か弱く見えません」
「見えないだけよぉ、本当は結構、無理してるの。いたわって」
「どっちですか、全く……」
並んで歩くベオルブ家の姉弟と、大きな荷袋を抱えてその後を追うイスタークに続いて、シドとダーラボンも前庭を抜け、屋内に入る。
「はあー、バネス先輩も度胸があるけど、エストレーラ様も……。矢っ張り、ベオルブ家の姫様ですねえ」
「ああ、バネスの姉上でなければ、本気で口説いてるな。惜しい」
「シド先輩はいっつも冗談を本気で言うから、本気の本気と区別が付かないです」
「はっはっはっ!」
湖からの涼風が吹き込む部屋で、バルバネスは、ダーラボンとイスタークにこれまでの経緯を語った。
「……僕としては何より最初に、この箱を開封して中身を検めるべきだと思っている。迷っている間にも、また誰かが殺されるか、この箱が盗まれてしまうかもしれない。
イスタークはどう思う?何か、開ける前に注意すべき点があるだろうか」
「そうですね……、私が気になるのは、入っていた物よりも、入っていなかった物を証明する方が難しい、ということです」
「というと?」
イスタークは手文庫を手に取り、少し揺すってみた。
「持った感じでは、開けた途端に壊れてしまうほど脆い物は入っていないようです。"あった物"をそっくりそのまま、誰かに引き渡すことは出来るでしょう。ただ、始めから入ってもいないものを『入っているはずだ』と言い掛かりを付けられた場合などに、『無い物は無い』と証言出来るのは、最初に箱を開けた時立ち合った者だけです」
シドが言う。
「だから、俺がここにいるんだ。あんたはベオルブ家の家臣だし、ボアだってガリオンヌ領の人間だ。もしも、何かラーグ家やベオルブ家の不利益になる物を隠したんじゃないか……という疑いを掛けられれば、晴らすのは難しい。だが、俺の家はゴルターナ公家の家臣だからな。……しかし一方で」
シドはバルバネスの目を見て尋ねた。
「再度聞くが、いいんだろうな、バネス?本当に隠してしまいたい物が出てきた場合、しかもそれを隠すことが国王陛下なりゴルターナ公なりの御為にならぬとあれば、俺はオルランドゥ家の一員として見過ごすことは出来ない。お前と命のやり取りをすることになるとしても、だ」
チン、とシドは剣の鍔を鳴らした。
普段は何でも茶化してしまうシドだが、今この時ばかりは、冗談の入り込む余地は無い。
ダーラボンが、ごくりと唾を飲んだ。
「無論だ」
バルバネスも、シドの目をじっと見て答えた。
「悪事を為したのが、ラーグ家やベオルブ家の者だったとしても……万に一つ、我が父やソフィア姫の父上であっても、俺は秘匿したいとは思わん。そのことは、姫も御了承済みだ。お前こそ、いいのか、シド。もし逆に、ゴルターナ公の不利益になる物が出てきて、お前がそれを奪って消そうとでもすれば、俺は情け容赦はせんぞ」
「俺だって、主君といえども、悪事の尻拭いはしてやらんさ。それで御不興を買ったとしても、まあ、俺は次男だからな。この首が飛んだところで、親父や兄貴にまで累は及ぶまいよ。その点は、俺の方が気楽なぐらいか。心配要らん」
シドは、鼻先でフッと笑い飛ばした。
「……。ゴルターナ"公妃"だったらどうする」
「ちょ、ちょっと待て。考えさせてくれ」
シドは腕組みして、真剣に悩む。
「ううーむ……。悪事は明らかにするとして……。処刑させるぐらいだったら、連れて逃げる、か?その時もお前は止めるのか、バネス?」
バルバネスは呆れて、首を振った。
「邪魔立てはせん。が、助太刀もしてやらんからな」
ダーラボンはホッとして、詰めていた息を吐いた。
「つまり、あれですね。お互い、主君を悪事から守るために戦うつもりはあるけれど、主君の悪事を助長するつもりはない、ということですね」
バルバネスは、ダーラボンにも尋ねた。
「ボアは、どうだ?何か気付いたことはあるか」
「ええと、ですねえ……こちらの護符のことですけど」
布製の護符は下が尖った五角形をしており、吊り紐の付いた上辺に対して、布目が斜めになっている。
「正方形の布を斜め半分に切って、出来た三角形の尖った両端を切り落とすか、真ん中に向かって折り曲げると、こういう形になります。すると、同じ縦糸と横糸を使った、対になる護符は一組しか作れません。よく似せても、一本一本の糸の太さや色合いにはばらつきがありますからね。一種の割り符です。
「いや」
「この織り模様にも、色々と意味があるらしくてですね。屋号とか家紋とか、まあ、行き倒れた時に……そうならないよう無事を祈るわけではありますけど、万一の時に、身許の証明になるような印にすることもあれば、旅の安全を守ってくれそうな何か……守護聖人や天使を表す
「これの模様の意味はわかるか?」
「"大天使アルテマ"の
ダーラボンは護符を触ってみるだけでなく、鼻に近付けて匂いを嗅いでみた。
「これ、海の水に浸かって汚れたのを、お洗濯したんじゃありませんか?何だか、お魚っぽいような潮の匂いと、石鹸の匂いがしてますよ。ほら、細かい砂とか、塩の粉とか、繊維の間に入り込んでますし。ちょっと、縮んで歪んだり、色が薄くなったりしてる所もありますよねえ」
「と、いうことは?」
「
ダーラボンは、持って来た大きな荷物の中から、工具箱のようなものを引っ張り出した。
「それは?」
「"魔法道具鑑定七点
手文庫のあちらこちらを魔法の
「うわあ、矢っ張り!これ、この金属部分、
「ほう!」
と、すぐに感嘆の声を挙げたのはシドの方で、バルバネスは首を捻った。
「エウレカ合金……?」
「ちょっと見た感じは、
話すうち、ダーラボンの声が熱を帯び、次第に高く、早口になる。
「うわー、僕も生まれて初めて、実物に触りました……。耐久性能が凄いんです。ただ硬くて摩耗しない、錆びないとかいう
「らしいなあ。
と、シドは気軽な調子で笑った。
「お前……、伝家の名剣を何だと心得てる」
バルバネスはシドを睨んだ。
シドは肩をすくめる。
「"名剣"だからって使い勝手がいいわけじゃないってのは、心得てるさ。半永久的といっても、段々魔法が弱まってるんだな。元々は、
実戦で"使える"剣としちゃあ、お前のとこの
ベオルブ家に代々伝わり、現在はバルバネスの父・カルダックが所有する
普段のカルダックであれば、通常の剣技は勿論、闘気技であっても、剣を折られることはない。だがこの時は、勝ち戦の勢いに乗って、既に数十人の敵を討ち果たしていた。剣も傷んでいたろうし、何よりも、大敗を食い止めんとするレナリオ伯の決死の気迫が勝っていた、ということだろう。
全体としては
カルダックは未だ
「あっちは男ばっかり五人兄弟だってなー。頑張れよ」
「何を他人事のように……。お前だって、一人二人は引き受けることになるぞ」
イスタークが話を戻した。
「それで、古代の技術でなければ作れない金属を使っている……というのは、この箱自体がとても古い物だということですか?」
「いえ。金属部分だけ、古代の物を再利用しているんでしょう。木製部分の経年劣化の具合からすると、
この宝石……魔洸石の部分を観察すると、魔法で封印されたのはもっと最近、本当にここ数ヶ月の間だと思います」
「すると、中身自体も箱と同じくらい古い物だというわけでは、ないのでしょうか?」
「さあ、それはわかりません。もしかしたら、この箱に入った状態で、長いこと保管されてきたのかもしれないですけど……。だとしても、少なくとも、最近になって一度開けて中を見てから、また封印し直したことになりますね。
まあ、見る人が見れば、この箱だけだって相当な値打ち物です。箱がそうなら、中身だってさぞかし……とも思うでしょう。それだけでも、盗みたくもなるかもしれません。ただ、すごそうなお宝だけど誰も本当は何だか知らない……わけではなくて、矢っ張り、封印した人は中身の真価を知ってると思いますよ」
バルバネスが尋ねる。
「他に、わかることは?」
「あとは……、そうですねえ。一度魔法を解けば、僕にはもう封印の仕方はわかりません。この箱が封印されていたことを知っている人にとっては、勝手に開けたことが
「成る程な」
バルバネスが得心して頷いた一方で、ダーラボンは不意に首を傾げた。
「……?」
「どうした?」
「いえ……少し、気になったんですけど……現段階では、情報が足りません。変な先入観になるといけませんから、もうちょっと、確かになったら言います」
「そうか……」
「あとは、開けてみないことには何とも……。バネス先輩、シド先輩、開けちゃっていいですか?」
バルバネスがシドを見ると、シドは大きく頷いた。
「いつでも、いいぞ」
「よし。ボア、お前も覚悟はいいか。開けて中を見れば、お前も命を狙われるかもしれんのだぞ」
ダーラボンも、唇をキュッと噛んで頷いた。
「大丈夫です。やられる前に、こっちが犯人を捕まえる。そのために、開けるんでしょう」
それから、ふと気付いて、
「あ。イスタークさんは、いいですか?」
バルバネスは目で笑いかけた。
「聞くまでもないよな」
「はい。私は、どこまでも若にお供します」
「と、いうことだ。やってくれ」
ダーラボンは立ち上がり、三角帽子や
「……では!」
「魔道の業は諸刃の剣、奇しき力、彼の手に渡りて、我が身に返り来るもあると知れ……、"
手文庫の金具に付いた
ダーラボンは、ふうっと一息吐く。
「……いけます。封印に必要な魔法は、魔力量としては大したことないみたいです。初級魔法程度ですね。これなら、一カ所につき一回ずつで、完全に解除出来ます」
集中力を切らさぬよう、慎重に、ダーラボンは
「……出来ましたー」
「よくやった。ご苦労」
と、バルバネスが早速、手文庫の蓋を開けようとすると、
「あああっ、ちょっと待って下さい!」
慌てて、ダーラボンは押し止めた。
「魔法は解除しました。でも、物理的な
「では、私が」
と、代わりにイスタークが手を伸ばすと、
「いえ、いえいえ。もっと、いい方法があります」
ダーラボンは大きな荷袋から、今度は、粘土製の
「"身代わり
体高※一
「ほう……、随分精密に作り込んでいるな。こういう身代わり人形は、どうせ壊れてしまうのだから、もっと大雑把な形をしているものだろう。何か、特殊な性能があるのか?」
バルバネスが感心して尋ねると、ダーラボンは照れ臭そうに頭を掻いた。
「いえ。性能は変わりません。外観は、ただの趣味というか、別の研究の一環です。いつか、鉄巨人の発掘と復元に携わるのが夢なんですよ。上手く出来たのは、色も塗って取っておいてあるんです!ちょっと失敗したのを、消耗品に回して……」
「これでも失敗作なのか?充分、よく出来ているように見えるぞ」
「いやあ、こっちは、腕が肘の上下で
シドが呆れ顔で言う。
「こだわってるなー……。お前、本っ当にそういうの好きだなあ」
「大好きなんですよー!
と、ダーラボンはバルバネスに同意を求めた。
「そうなのか?僕は、古代の魔法機械には詳しくないんで、よくわからないな」
「そ、そうですか……」
少し寂しそうな顔をしたダーラボンだったが、気を取り直して、
「
二体の
「……。何も、起こりませんねえ」
そのまま、
「色々、
ダーラボンは拍子抜けしている。
「使わないに越したことはないだろう。さて……、」
四人の若者達は、額を集め、箱の中を覗き込んだ。
ダーラボンが、手袋を嵌めた手で、箱に入っていた物を一つ一つ慎重に取り出し、
まず最初は、羊皮紙の束を紐で綴じたもの。表紙は無く、走り書きのような細かい文字がびっしりと書き連ねてあり、塗り潰して訂正した箇所や、余白に付け足した書き込み等もある。本ではなく、個人的な覚え書きだろう。
次に、布製の
そして一番下に、分厚い羊皮紙の本。これだけで、手文庫の内寸の半分ほどを占めている。美しく彩色された表紙に、金文字で書名らしきものが彫り塗りされている。
「
「それも、ちょっと綴り方が古風ですねえ。ええと……」
と、ダーラボンが読み上げた。
「『アジョラ=グレバドスの言行に関する報告書 対訳』……?!」
口に出したダーラボン自身と、それを聞いたイスタークが、ハッと息を呑んだ。
「"ゲルモニーク聖典"……!!」
「……ですか、矢張り!?」
バルバネスとシドも眉をひそめた。
「何だって?!」
「ええと、ですね。いわゆる"ゲルモニーク聖典"と俗称されるものは、実際のところ、信徒向けに書かれた伝記や説教集のようなものじゃないらしいんです。ゲルモニークは元々、
と、ダーラボンは説明した。
「僕も噂に聞いただけで、実物を見たことなんてありませんよ。禁書中の禁書ですからね……。"聖典"と呼ばれてはいますが、実質は、淡々と無味乾燥に事実を書き留めた"報告書"なんだそうです。それだけに、神格化・伝説化されていない、生身の聖アジョラのお姿を最も詳細に記した一次資料だと、言われています……」
ダーラボンは、羊皮紙の本の
「これは……すごい、です……。抜け落ちが、ほとんど無さそうですよ。"ゲルモニーク聖典"は歴史上、少なくとも二回、抹殺されかけてましてですね。一回目はグレバドス教が
そこまで言って、ハッと気付き、
「ま、まさか……!」
と、慌てて布製の
ごく薄い冊子が二十冊余りも包まれている。表紙に印刷された文字は、古代
「これ……、
ダーラボンは、表紙に印字された通し番号を確かめた。
「一番から、二十六番まで揃ってます。多分、これで全部でしょう」
シドが訝った。
「ちょっと待て。"原本"っていうからには、一冊限りだろう。法皇庁にあるのは、実は写本だってことか?」
「いえ、"原本"が複数存在するんです。古代の技術で、小さな金属板に文章や絵を記録しておくと、機械を使って簡単に
「版画みたいなものか」
「まあ、それに近いものですかねえ。本当の"原本"は、その金属板ってことになるんでしょうけど、それこそ今となっては何処に行ったかもわからないし、出てきたって、古代の機械が無い限り、何が書いてあるかさっぱり読み取れないはずですよ」
バルバネスも、信じられない様子で尋ねた。
「千年以上も昔の物にしては、随分と綺麗だな。かえって、訳本よりも新しそうに見える」
「長期保存用の、上等な
「現代の技では滅する方が難しい、か」
「これ、きっと、公文書館か何かの保存資料ですよ。いくら古代の紙が高品質といっても、普段使いの物なら、百年二百年の間には劣化もします。完全版の原本なんて……現存する中では、唯一無二かもしれませんねえ。……すごい」
シドが頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
「すっげえもん出てきたなあー」
「ああ……。それで、残る二冊は……?」
バルバネスは、もう一つの
中から出てきたのは、矢張り古代の
「日誌……のようなものか?」
バルバネスは中の
少しずつ、何回にも分けて書かれたもののようだ。字の大きさや濃さもまちまちだし、斜めに殴り書きした箇所もあれば、後から余白に書き足した跡もある。数式や地図、何かの専門記号らしきものも書き込まれていた。
「……読めん」
「うん、ひどい金釘流だな。お前といい勝負だ」
横から覗き込んで口を挟んだシドの頭を、バルバネスはこつんと叩いた。
「余計な世話だ。そういう意味じゃない。……これは、古典
聖句、聖歌等は古典
ダーラボンが
「ええーと……多分、
イスタークが、始めに一番上に載っていた羊皮紙の束を手に取った。
「すると、これは、そちらの手書き
「読めるか?」
イスタークはバルバネスよりも語学が得意で、
「現代語ではありませんね。多少……意味が拾える所があるか、どうか……」
すると、ダーラボンが手を伸ばした。
「貸して下さい。魔道士なら、かえって、現代
ダーラボンは、上から一枚ずつ
「ううーん……。翻訳した人も、大分苦戦してますねえ。方言とか、俗語とか、外国語とか、色々混じってるみたいで……注釈がいっぱいです。全然、未完成の、穴だらけですよ。しかも、それを翻訳した古い
と、指で一行ずつ辿りながら、ゆっくりと読み上げる。
「あー……『午後一時三十五分、水位、七と四分の三』……括弧、単位わからず……と、これは翻訳者さんの注ですね。『アジョラ、ロルカ、私、村の男八人で……東の岸を、崩し始める。五十分、水位、八と二分の一。ファラ教聖職者、三人が来て、言う。川が……満ち足りる……いや、溢れる?ことはない、家に帰り、祈れ』」
「ロルカ伝の、『祈るより堤を開け』の章ですか」
イスタークが気付いて言った。
バルバネスも思い出した。
「待てよ?確かその話、ロルカでないなら、"私"というのは……あ、いや、続けてくれ」
「『アジョラは……怒鳴った』」
「怒鳴った?」
「そう書いてあるんですよ。えー……、」
ダーラボンは息を吸い、言葉を飲み込んだ。
「どうした」
「……『バカ、祈っている時間があるか』」
バルバネス、シド、イスタークの三人が、唖然としてダーラボンの顔を見た。
「え!?」
「聖アジョラのお言葉……か?」
「書いてある通りに、読んだだけですよ!僕だって、ちょっと……いえ、かなり、信じがたいですけど……」
「そ、そうだな。……続きを」
ダーラボンは一つ深呼吸してから、読み進める。
「『今、先に、水を流せば……失うものは、最少になる。何もせず、待てば……岸が壊れるまで、待てば、村が沈む、全て。力のある、男達で、切り……岸の一部を、切り崩し……、女性、子供、老人は逃がせ、高い所に。聖職者達、また言う……川が溢れることはない。愚かなのは、お前達だ。岸を、壊す者には……天罰が、あるだろう。アジョラは……忙しく……いや、焦って、とか、苛立って、ですか……最も年長の聖職者を、土手の上に引き……連れて、行った。この空の暗さを見ろ。川の濁りを見ろ。滝のような、雨の音を聞け。前兆は、明らかだ。あなた方は、あなた方の麦が水に流されるよりも、あなた方の信者が流されることを、望むのか』」
ダーラボンは話を区切って、説明を挟んだ。
「ええーと、ですね。ここで地図と注釈が書き込まれています。文章は、元の
バルバネスは頷き、翻訳の続きを促した。
「『経文を、何度も唱え、祭壇に、供物の山を捧げれば……自然が、望んだ通りになると、予想……いや、期待か……するのは、人の驕りだ。天地が、下される……兆しを、見ず、聞かず、感じようとせず……何も備えず、災いを受ける、それこそを天罰と呼ぶ。あなた方は帰り、祈って嵐が止まると思うなら祈れ、呪って我々が止まると思うなら呪え。我々は、人に出来る限りまで……のことをする。……十五人の男達が、作業に加わる。他の村人は、サリエルが遠くする……避難させる、ですか。午後二時二十分、水位、十と四分の一。アジョラは村の男達を遠ざけ、
「"に、変身し"?"を、召喚し"ではないのか?」
「"変身し"で間違いないです、訳としては。これは、恐らく"憑依召喚"のことでしょう」
「"憑依召喚"?」
「普通の召喚魔法は、杖の先の宝石とかを依り代にして、ごく短い時間だけ……技を一回使う間くらいだけ、精霊や天使、悪魔の力をこの世に顕します。でも、憑依召喚というのは、術者自身の肉体を依り代として、もっと長い時間、もっと自在に、この世ならぬ存在の力を引き出せる術だそうです。別名、"神降ろし"とも言います。すっごく強力ですけど、すっごく危険な技でもあったようで……。"何者か"を憑依させている間、術者はそのものか、そのものと融合したような姿になるらしいんですけど……憑依が解けずに、中途半端に融合した状態で暴走しちゃったりとか。あるいは、姿形は元通りに戻っても、魂の方を乗っ取られて人格崩壊したりとか、悲惨な事故がいっぱいあったみたいです。グレバドス教が
「聖アジョラが、その禁術を……」
「……使えたんじゃないか、っていう説を裏付ける史料になりますよ、これは。ええと、『……
バルバネスはこめかみを押さえた。
「待て。……おい、ちょっと待て。ロルカでも、サリエルでもないなら、この場面でアジョラの側にいたのは……まさか、この
イスタークが言葉を継ぐ。
「……"裏切りの使徒"、ジューダス=ゲルモニーク……」
ダーラボンが、更に言葉を引き取った。
「……ですかねえ、矢っ張り。つまりこれは、あれです。ゲルモニーク聖典の原本の、また原本というか。報告書にまとめる前の、生の
シドが疑う。
「……本当に、本物か?」
「偽物にしては、手が込みすぎてますよ。ゲルモニークは、"魔剣士の隠れ里"ファルガバードの出身と言われています。ファルガバードの住人は、"魔法鍛冶の聖地"エウレカの人々と
バルバネスもダーラボンに同意した。
「それに、内容が真に迫っている。正直言って、僕は、ロルカ伝のこの話は腑に落ちなかった。だが、ここに書かれているのが事実だとすれば、積年の謎は氷解する」
イスタークが、聖者に憚りつつも言う。
「そうですね。恐らく、ロルカはアジョラの聖性を強調するために、不都合な部分を伏せたのでしょう。そのために、矛盾や齟齬が生じた、ということですか」
「ああ。ロルカの書きぶりでは、アジョラは"神の子"だからこそ、常人にはわからぬ天のお告げを聞くことが出来た。奇跡の力で村人達を救い、頑迷なファラ教司祭達には神罰を下した……という風に見える。だが、それでは『人として出来ることを為す』といっても、ただの人間である村人達や使徒達に何が出来たんだ、ということになる。アジョラを信じて祈るよりほか無いじゃないか、それなら、ファラ教司祭達が帰って神に祈れと言ったのと何が違う、とな。しかし、ここに記録されているのは、何ら神秘的な話ではない。"天のしるし"というのは、誰にでも……とまでは言わないが、見る者が見ればわかる、天気の変化のことだ。精霊や天使は登場しない。そして、アジョラお一人で川の流れを変えたわけでも無かったんだ。危険な最後の一押しは、アジョラが責任持ってお一人で担ったにせよ、そこに至るまでは村人達と一緒に泥にまみれて、地道に土木作業していたんだな」
シドも頷いた。
「ふうむ。怒鳴ったとか、苛立ったとか、随分と人間臭いが、その方がずっと
「ロルカが何を怒ったのか、それに、最後のアジョラのお言葉も、意味がわからなかった。ロルカ伝では、ファラ教司祭達は神に捧げる言葉を唱えた……というような書き方で、祝福とも呪いとも、どちらにも読める。まあ、子供の頃聞いた講義では、司祭達はアジョラの神通力に恐れ入ってひれ伏した、という解説だったが。しかし、司祭達が大いに反省して畏まっているならば、村人達は『溺れ死ね』と思うほど憤激したろうか?だからこそ『もう許してやれ』とアジョラがなだめた、のであれば、ロルカはアジョラと同時に村人達を静めようとしただろう。アジョラが止めた、そのお言葉を聞いて村人達もすっかり平服したなら、何故その後からロルカが重ねて"叱責した"んだ……しかも、穏やかに"教え諭す"のではなく。そこも、"神の子"アジョラが既に叱ったのだから、"人の子"であるロルカが出しゃばるな……とか。あるいは、神ならぬ人の身の司祭達に未来が見通せなかったのは仕方ない、彼らなりに一生懸命だったのだろうと、庇われた……とかいう説明が為されていたが、どうもしっくりこなかった」
しかし、今のバルバネスには、これまで思いもよらなかった光景が、生々しい情感を伴って目に浮かぶ。
「その、"憑依召喚"の話が事実であるなら、何の不思議も無い。司祭達も村人達も、神々しい奇跡に感服したのではなく、単に、異形の姿になったアジョラを怖がった……ということだろう。それでロルカは、『命を救われたのに恩知らずめ』という風に怒ったのだろうな。そして、アジョラのお言葉は……"人"というのは、ロルカや司祭達、村人達のことを指しておっしゃったのではなかったんだ。身を削って護った者達に忌み嫌われる、それでもいいと……"人"として出来る限りのことをする、と、ご自身の覚悟を述べられたのだな。……そう考えるのが自然だ」
バルバネスは溜め息を吐いた。
「ここに記されているアジョラは、天の高みから人を導く、完全無欠な"神の子"じゃない。人々と共に汗を流し、感情的に怒りもし、危険な禁術の影をまとってさえいる……"人の子"だ。だが、美的でも劇的でもない、ほんの簡潔な記述の中にも、アジョラの息遣いが生き生きと感じられる。かえって、格調高く整えられたロルカ伝の文章からよりも、アジョラのお姿が身近に、しかも一層尊く胸に迫ってくるようだ……。この記録は真実であると、僕は確信する」
手文庫の内容物が想像以上の貴重品だったことに圧倒されて、四人はしばし、押し黙った。
やがて、最初に口を開いたのはシドだ。
「……で?一体、どこのどいつが、何の目的で、こんな御大層なものを手に入れようとしてるんだ?」
「ううーむ……」
バルバネスには見当も付かない。
ダーラボンが手を挙げ、指を一本だけ立てて掌を握った。
「まず、真っ先に考えられるのは、グレバドス教会の関係者ですよね。法皇様とか、大司教様とか。ゲルモニーク聖典は、聖アジョラの真実のお姿を知るための、大事な資料ですから」
「それはそうだ。しかし、当然すぎて、隠れる必要がないだろう。法皇庁ならば、正当な所有権があるのだから、誰が相手だろうが堂々と使者を派遣して受け取りに行けばいい」
「そうとも限りませんよ。グレバドス教会は、ミュロンド正教派だけじゃありません。東方に広まっている
「成る程な。真っ正面から所有権を主張すれば、宗派間抗争に発展しかねない。それが世俗の外交に影響する危惧もある。……となれば、秘密裡に、と考えてもおかしくないわけだ」
「はい。次に、異教勢力」
ダーラボンは二本目の指を立てる。
「ゲルモニーク聖典というのは、つまり、いわば"歴史遺産的大暴露本"です。ここには、神格化・伝説化されていない、"人の子"アジョラのお姿が描かれています。真実を知って、バネス先輩のように畏敬の念を深める人もいるかもしれませんけど、まあ、がっかりして信心が薄れる人もいるでしょう。……その方が多数派かもしれません。異教勢力が、グレバドス教会の言うことなんて嘘っぱちだぞと、吹聴するために……ってことです」
「大いに、あり得るな。
バルバネスが言うと、シドが疑問を呈した。
「んんー?しかし、
「わからんぞ。
「それもあるか。特に、レナリオ伯の宿敵と思われてる、お前の親父さんの領地から手始めに……とかなあ」
ダーラボンが付け足した。
「ファラ教じゃなくて、
シドが三本指を立てた。
「おっ、わかったぞ。要するに、こいつはグレバドス教会にとっての"弱味"なんだろう。だったら、三つ目は世俗権力だ。あっちこっちで、枢機卿や大修道院の領地が拡がりすぎて、目の上の瘤になってたりするよな。都合悪いことバラされたくなけりゃ、言うことききやがれと」
「そうですけど……教会を脅すなんてことを考え付くのは、よっぽどの有力者ですよ。でなければ、異端審問で有罪にされて、あっさり返り討ちでしょう」
「国王陛下か、ラーグ公か……あるいは矢張り、父上である可能性も否定出来んのか?」
バルバネスが言うと、イスタークが立ち上がった。
「いえ、それはあり得ません!大殿がそのような謀を企てるなど……仮にあったとしても、何も知らぬ一般人を利用するなど、考えられません。必ず、最初から最後まで、信の置ける配下にお任せになるはずです」
バルバネスは手振りで、イスタークに座るよう促した。
「その配下が、更に別の誰かを利用することも考えられる。忠義は有難いが、予断は避けることだな、イスターク。まずは、あらゆる可能性を検討すべきだ」
「は、はい……。気を付けます」
イスタークは顔を赤らめ、椅子に座り直した。
「他には?」
「ええーと、四つ目に考えられるとすれば、魔学研究者ですかねえ。ゲルモニーク聖典には、今は失われた古代の魔法に関する記述も色々あるはずです。召喚魔法や青魔法、"
ダーラボンに続き、イスタークも発言した。
「五つ目の可能性として、商人もあり得るのではないでしょうか。ここまで挙がった様々な理由から、何としてもゲルモニーク聖典を入手したいと望む者ならば、金に糸目は付けないでしょう」
「そうだな。それに、最初にボアが、外側の箱だけでも相当な値打ち物だと言ったろう。中身が何か知らぬまま、取りあえず骨董品として確保したという可能性も、矢張り排除すべきではないのかもしれない。中の荷の稀少性を考えれば、素人に一人で運ばせるのは無防備すぎないか?」
シドが手文庫を手に取り、矯めつ眇めつ眺めた。
「かもな。最初にこれを手に入れようとした奴は、価値に気付いてなかったのかもしれない。だが、こうなっては、最初に誰が何の目的で……というのは、あまり意味が無いか。正体を知ってしまえば、こいつには色んな使い途がある。手にした奴が次々と、
「……。お前自身も、か?」
と、バルバネスが尋ねた。
「いや。俺が魅力を感じるのは、女の子にだけだ」
「言い切ったな」
「……いや、若い子限定で、熟女はダメという意味じゃないぞ?」
「それは枝葉末節だ」
「何だよ。お前だって、メシと武者修行以外に興味ないだろ」
「まあな」
と答えてから、揚げ足を取られそうな気がして、付け足した。
「……いや、姫のことを忘れているわけではないぞ」
だが、かえってシドは突っかかってきた。
「うわっ、まさしく二の次、三の次か。姫様、お可哀想になあー。これは、ご注進して差し上げよう」
「バカ、違う!俺が武術の腕を磨くのは、何も、己の名誉栄達が目的じゃない。姫や姉上達、領民達を護りたいがためであって、それはもう、言うまでもない当然の前提ということだ」
「あー、成る程なあ。すると、日がな一日剣ぶん回して、飯食って寝てだけに見えるお前の毎日も、実は是れ全て姫を想い、姫のために捧げていることになるわけか。それはそれで、是非とも姫様のお耳に入れて差し上げなけりゃな」
「それも曲解だぞ。全く、お前はつくづく、そういうことばかり考えているんだな……」
助け船のつもりか、ダーラボンが話題転換した。
「僕はいつも、魔法研究のことばかり考えてますよ」
「私は、どうすれば若のお役に立てるかを」
と、イスタークも言った。
バルバネスは笑った。
「少なくとも今のところ、ここにいる四人には、おかしな
シドも笑った。
「だな。なまじな大人に頼るよりも、俺達で箱を開けたのは正解だった」
ダーラボンが思案顔になる。
「うーん、ですけど、正解だったと言えるのは、事件を解決してからですよ。バネス先輩、これからどうしましょう?色々、わかったことや考えついたことはありますが、まだ具体的な犯人像はちっとも見えてきません」
「そうだな……、」
バルバネスは布製の護符をつまみ上げた。
「レーゲンデ大修道院に行き、受取人との接触を試みよう」
「では早速、私が行って参りますか?」
とイスタークが申し出たが、バルバネスは頭を振った。
「来るのは代理人らしいが、ここまでの考察から、受取人はそれなりの社会的地位のある人物だと予想される。僕が直接会って、話をしたい。それに、イスタークには別の用事を頼みたいんだ。イグーロスとリオファネスで、他に手掛かりがないか、もっと詳しく調べてきてくれ」
「かしこまりました」
ダーラボンが、今度は荷袋から筆記用具を取り出そうとした。
「そういうことでしたら、特に確認したい点がいくつかあります。
「ああ、いや、紙に書くと人目に触れる恐れがある。口頭で済ませてくれ。大丈夫だ、イスタークは記憶力がしっかりしているから」
「そうですか。では、後ほど」
シドが首を捻る。
「ベオルブ家の御曹司自らが乗り出してきて、受取人が素直に現れるかねえ。誰も来なかったらどうする?」
「少なくとも、院長様に心当たりがないか話を伺うことは出来る。リオファネス城に来ていたという異端審問官も、いずれ訪ねてくるのじゃないか」
するとダーラボンが、片方の手の平に、もう一方の手の人差し指を当てた。
「そのことですが、言い忘れてました。六つ目の可能性に注意して下さい。ゲルモニーク聖典は、超特級の禁書です。つまりその、自分自身で解読するためではなく、誰かを陥れるための罠としての使い方も出来る、ってことですよ。こっそり所持していただけでも謹慎・破門、利用目的によっては国外追放や火あぶりの刑なんてことも……。もしも誰かが、例えばドラコニア伯を失脚させようと目論んでいるなら、異端審問官はいきなり、問答無用でこちらを犯人扱いしてくることもあり得ます。対応には慎重を要します」
「わかった。気を付けよう」
シドが溜め息を吐いた。
「お前が気を付けたって、相手が聞く耳持たないかもしれないんだろう。しょうがない、俺も付いて行ってやる。ああ、修道院なんぞ男ばっかりでむさ苦しくて、抹香臭くて、何の面白味も無いのに。どのくらい時間かかるんだろうなあ」
「たまには煩悩を断って、性根を鍛え直せ」
バルバネスは笑って、シドの肩を叩いた。
「と、いうことは、受取人が誰であるにせよ、この書物一式は包み隠さず、自主的に異端審問官に提出すべきなのか?」
「原則的には、そうです」
「ならば、変則的には?」
「……国王陛下に献上すべき、なのかも……。弱味を握るとか、ゆするたかるとか、感心しないですけどね。でも、何らかの事情で、世俗の側に、宗教権力に対する"切り札"が必要なのだとしたら……宗教権力側にみすみす渡してしまったら、僕達"要らんことしい"ですよ。……ふむ、ふむ」
ダーラボンは額に指を当て、目を瞑って少しの間考えた。
「分けましょう。この荷を、三つに分けるんです」
再び目を開けたダーラボンは、バルバネスの目の前で実際に荷を分けながら話した。
まず、布製の護符と、空になった手文庫。
「いいですか?これらは、レーゲンデ修道院に持っていって、人目に付くようにして下さい。箱の中には、別の古本か何か、適当な
次に、印刷された報告書の原本と、その対訳本。
「こちらも修道院に持っていってもらいますが、人に見られないように隠しておいて下さい。状況によりけりですけど、本来の受取人か、異端審問官が現れたら、話し合った上で、渡すかどうか判断して下さい。誰がどの程度まで事情を把握しているのか、現時点ではわかりませんが……場合によっては、原本もしくは写本だけ渡せば、充分納得してくれるかもしれませんし、それすら求められないかもしれません。草稿の存在まで知っていて、要求されるのが、一番厄介なんですけど……」
残るは、手書き
「一番の肝は、この二つです。バネス先輩が最終的に、誰に渡すのがいいか決めるまで、僕が預かりましょう。そして、それまでの間に
バルバネスは、ダーラボンの顔を見た。
「いいのか?危険だぞ」
「ふふふ……、ご安心下さい!我が家の
と、ダーラボンは胸を張った。
「ここ、レニ湖畔の別荘も、父自ら設計を手掛けた、魔法カラクリ屋敷といってよい構造でして!外周には祖母が仕掛けた芸術的な
力一杯断言するダーラボンに、シドが苦笑する。
「お前んち、家族揃って、そういうの好きだよなあ」
「大好きなんですよー!」
バルバネスは手を振った。
「いや、刺客や泥棒に狙われないかという、物理的な危険に関しては心配ないとしても。社会的に、ということだ。ゲルモニーク聖典は、私的に写本を作ったり、所持したりすることを禁じられているのだろう。写本でも原本でもなく、草稿だから……というのは、詭弁に過ぎない。むしろ、複数存在する"原本"以上に、手書き草稿の方が重要機密文書のはずだ。取り扱いには一層の危険を伴う」
ダーラボンは、真剣な眼差しをバルバネスに向けた。
「危険だからこそですよ。もしも、世界に一冊きりしかない本を独占した人が、それを隠滅したり悪用しようとしたりしたら、他の人にはどうすることも出来ないでしょう?写本があれば、現物と全く等価とはいかないまでも、少なくとも内容はほぼ同等に享受出来ます。現物を誰かに渡した後でも、牽制・対抗する手段になりますよ」
そこまで言って、にこりと笑って見せた。
「大丈夫です。あくまでも、エスト様もおっしゃってた、"周到な準備"の一環ですよ。バネス先輩が何か
シドが
「……。足、震えてるぞ」
と、ダーラボンの足を蹴飛ばした。
「わあっ!?」
ダーラボンは飛び上がり、頭を掻いた。
「もう、恥ずかしいなあ。バラさないで下さいよ。えーと、その……矢っ張り、怖くないとは言いません。だけど、バネス先輩の力を信じてないからじゃないんです。ただ、先の見通しが立たないから……。怖くは、ありますけど……でも、やれます、やります。ここまで来て、他の人に頼むなんてナシですよ。弱虫だからって、僕を仲間から外さないで下さい!お願いします!」
深々と頭を下げたダーラボンに、バルバネスが声を掛ける。
「弱虫だとは思わんさ。僕だって怖くなってきた。予想以上の大ごとになりそうで」
「えっ?」
ダーラボンは驚いて、バルバネスの顔を見上げた。
「だがな。昔、プリマ姉上が言ってくれた。怖がらないことではなく、怖くても立ち向かっていくことが、勇気があるということなんだ、と」
バルバネスは、ニッと笑った。
「ボア、有難う。先行きが全て読めたわけじゃないが、お前のおかげで、僕やシドではとても考えつかないようなことまで、随分と見えてきた」
シドがぶつくさと文句を言う。
「メシのことしか考えてないお前と同列ってのは、どうもな……」
「ならば、そう言うお前は女のこと以外に何か考えてるのか?」
「そりゃ、考えてるぞ。例えば……。……、どうやってお前をおちょくってやろうか、とか?」
バルバネスは肩をすくめた。
「これだからな」
イスタークが思わず吹き出し、
「失礼しました」
と口を押さえた。
「僕には
もう一度、バルバネスはダーラボンに右手を差し出した。
「はいっ!任せて下さい!」
ダーラボンはしっかりと、バルバネスと握手を交わした。
四人が"作戦会議室"を出た頃には、正午近くなっていた。
「お疲れ様!お昼ご飯出来てるわよ。それから、後でボア君の家に持っていく用の
エストが当然の如く言うのを、バルバネスは聞き咎めた。
「……は?」
「バネスとシド君は、レーゲンデ大修道院で荷物の受取人が現れるのを待つんでしょ。イスタークはイグーロスとリオファネスに行って聞き込み調査。それで、細かい打ち合わせのために、今日はボア君の方の別荘に皆で泊まり込み。違う?」
バルバネスは顔をしかめた。
「エスト姉上、盗み聞きなさっていたんですか!?」
「聞かなくたって、わかるわよぉー。いきなり犯人を特定出来る証拠が出てきたのじゃない限り、そうなるでしょ?行き先が逆って可能性もないではないけど、イスタークじゃ、レーゲンデ大修道院に滞在する"表向きの理由"が無いものねぇ。今更、テンペル先生に
"聖剣技"や"破壊魔剣"等の特殊剣技を修得し、"聖騎士"となる資格を得るためには、修道院等で神殿騎士の師範の指導下、武術の鍛錬と同時に精神修養も積まねばならない。
「その程度は、アタクシだって考えるわよ。バネスが無理だって言ったら、アタクシが姉様達に協力してもらって、引き受けるつもりでいたもの」
これも当然の如く、エストはさらりと言う。
ダーラボンが呟く。
「ベオルブ家の"運命の三女神"が本気出せば、向かうところ敵無し、でしょうねえ……」
プリマヴェーラ、フローラ、エストレーラの三姉妹と、その侍女達の総合力――物理的戦闘力、魔法力、知力、情報収集力等々を足し合わせたもの――を、四人の男子達は、自分達のそれと頭の中で比較計算してみた。そして、四人が四人とも、
((勝てる気が、全くしないっ……!!))
ことに、愕然となった。
「矢っ張り
「いえ、僕が責任持って、最後までやり遂げます!こちらからお願いするまで、姉上達は手出しなさらないで下さいっ!」
バルバネスは、むきになって宣言した。
「うふふっ。じゃあ、事件の方は任せたけど、一つお節介を焼いてあげるわ。イスターク、イグーロスに行くなら、フローラ姉様に言伝をお願い出来る?」
「はい、何でしょう」
「フローラ姉様に、ソフィアをここへ連れてきてもらいたいの。しばらく、花嫁修業のためにアタクシ達が預かりたいって、お姉様からソフィアのお母様に頼んで下さらないかしら、って。その方が安心出来るでしょ、バネス?」
バルバネスは、微妙な困惑の表情を浮かべた。
「いや、それは……。敵の手が及ぶ恐れが無い、という面ではその通りですが……。別の面での、不安が……」
シドが、思い当たって、ぽんと手を打った。
「ああー、あれか?女三人寄れば、ってやつだ。思い出話に花が咲いて、
「いいじゃないのよぉ、そんなの。使用人達の噂話が回り回って耳に届くよりは、よっぽど恥ずかしくないわよ?」
「それも、ありますが!」
バルバネスは、エストの両肩に手を置いた。
「くれぐれも、姫におかしな服を着せるのは止めて下さい」
エストレーラは、自作の衣装を人に着せ付けるのが趣味なのだ。
「おかしな服とは何よぉ、失礼しちゃうわねぇ。アナタが、美的
ダーラボンが、世辞にならぬ程度に、婉曲に言う。
「エスト様はいつも、華やかというか、きらびやかというか……斬新なの、着てらっしゃいますよねえ」
「諸事控え目で奥ゆかしい姫に、姉上好みの派手な服が似合うと思う方がどうかしています!」
「じゃあ、フローラ姉様みたいなカワイイ系がいい?」
「フローラ様は……いつも、
「幾つになっても、あんな
シドが面白がって、混ぜっ返す。
「いっそのこと、プリマ様のような女武者姿というのも、
「ああ、プリマ様はいつも……
「んー、それもいいかも?服は人を作るって言うでしょ、ソフィアはもうちょっと、積極性を身に付けてもいいと思うのよねぇ」
バルバネスは大きく手を振った。
「やめて下さい、そっとしておいて下さい。姫は今のままが好いです。姫までが、姉上達のような人食い鬼ババの同類になってしまったら、僕は
「あらっ、鬼ババとは何よ」
エストは懐に差していた扇子を抜いて、ピシャリと弟の額を叩いた。
ダーラボンがこっそりと訊く。
「何か、いい音しましたよ。鉄扇ですか?」
「
イスタークが囁き返した。
「安心なさいな。別に、アタクシが遊びたいだけじゃなくて……」
「"わけじゃない"のではないのですか」
「そこは否定しないわ。でも、そんなに着せ替えに費やしてる暇も無いのよねぇ、残念だけど。あながち口実でなしに、そろそろ、ソフィアにも色々とベオルブ家のやり方を覚えてもらいたいから」
ダーラボンが恐る恐る尋ねた。
「あのう、ベオルブ家のやり方というと、まさか……。噂に聞いたんですけど……、夏の今頃、よく、ベオルブ家の姫様、奥方様方が、こちらの別荘に集まって休暇を過ごされますよね。それが実は、和やかにお茶飲み話しに来るのじゃなくて。王家とラーグ公家、それにベオルブ本家周辺の情報を持ち寄って、『あそこの領主は腰抜けだから首をすげ替えてやろう』とか、夜な夜な、怖ーい密談を繰り広げるのが習わし、とかいう……」
「あらヤダ、どこから聞いたのぉ?そーんな魔女集会みたいなコト……」
エストはフッと、凄味のある微笑を浮かべた。
「してるわよ」
ダーラボンの背筋がゾーッと凍り付いたところで、
「……なーんて言ったら信じるぅ?うふふっ」
エストはころころと笑い飛ばした。
「バネス先輩~っ、今のどっちですか!?本気?冗談?」
「ううーむ、僕にもわからん」
シドも、たじたじとなった。
「そういや、俺も小耳に挟んだことがある。ベオルブ家は、息子よりも娘が多い代に栄える、ってな」
エストは大笑いして、怖じ気付いている若者達の鼻先を扇子であおいで回った。
「おーっほっほっほ……!何も、取って食いやしないわよぉ。むしろね、アナタに食べさせてあげる方の話よ、バネス。アタクシがお嫁入りして城を離れるまでに、ソフィアにもちゃんと、アナタの好物の
「……はあ、それはどうも」
「お父様がわざわざ、お母様を
シドが苦笑する。
「矢っ張り、ベオルブ家の男は色気より食い気か!」
「そうよぉ。この子だってね、士官
「姉上……」
バルバネスは決まり悪そうに、エストを小突いた。
「ふふっ。何だっていいのよ。可愛いお嫁さんが待ってるからでも、美味しいご飯が食べたいからでも、懐かしい山や河をもう一度見たいからでも……。必ず生きて帰るんだ、っていう気持ちが、遠く離れていても、アナタを護るわ。アナタが帰って来る場所を守るのは、もうすぐソフィアの役目になる。でもアタクシだって、
妖艶といってもいい美女が腕を絡めて頬に口付けしてきても、平然と――どころか、煩わしそうにしていられるのは、弟なればこそだ。むしろ、傍で見ている若者達の方が、胸がざわついてしまう。
(こいつが色仕掛け耐性高いのって、"麗しの許婚殿"のおかげというよりも……)
(外面天女、内面鬼ババ……ですか??羨むべきか、同情すべきか……)
バルバネスは、それぞれに
「可愛がり方が、間違っています」
バルバネスは額の、先程叩かれた辺りをさすりつつ言った。
「しかし、エスト姉上が作る
「はい、はい。感謝の仕方が、間違ってるわ!」
エストは、四人の若者達を食堂に案内した。
ダーラボン先生の講義(チュートリアル)
ディリータばりの頭脳派ながら、野心のカケラもない。魔法研究とメカフィギュア製作(……えーっと)をこよなく愛する、"ダラ公"君こと、若かりし日のボーアダム=ダーラボン先生です。
私は最初にプレイした時、リオファネス城の連戦からどうしても抜け出せなくなり、一から出直す羽目と相成ってしまいました……(涙)。ウィーグラフさん、強すぎるよ~っ!!
レベル連動なので、やみくもにレベル上げするだけでは、対策にならない。サシのガチ勝負だから、仲間を当てにすることも出来ない。あくまでも、己(ラムザ君と、プレイヤーである私自身のテクニック)を鍛えるしかないっ!
……初心に返り、ダーラボン先生の講義(チュートリアル)で勉強し直すことにしました。
わかり易い。攻略本とかよりも、実際に"演習"してみるのが一番ですね。基本のキから、細かい応用技まで、今まで疎かにしていたあれこれが、ゼクラス砂漠の砂地が水を吸い込むが如く(?)染み渡りました。文章だけの知識編も隅から隅まで読んで、今度こそ免許皆伝!……かな??いざ!
おかげさまで二回目は、バトルも危なげなく勝ち進めるようになり、会話や設定など、物語の細部を味わう余裕も出来ました。
ボコの(どこかで会ったような……?)という心の声の意味がわかった時は、感動しましたよ!
こ、これはっ……。呂布の愛馬が関羽に、ラオウのそれがケンシロウにとかいう、あれでしたか!ラムザ君、名馬ならぬ、名鳥にも主として認められる強者だったのですね!うおーっ、ウィーグラフとの対決が楽しみになってきたあっ!!
……ってなものです。
勿論、リオファネス城戦で雪辱を果たすことも出来ました。ダーラボン先生、有難うございます!
そんな大恩師・ダーラボン先生にも是非ご登場願いたく、ここに一席設けた(?)次第であります。
父ちゃん世代のエピソードなので先生もまだ少年ですけど、ゲーム中の設定として、温厚な老教官というところが良かったと思いますよ、私としては。士官アカデミーの先生だからって、ビリー教官みたいな陽気なタフガイだったりしたら、暑苦しさに挫けてしまったかもしれない(?失敬!)
士官候補生達も、きっとそうだと思う。実技の先生方は「君達なら出来るっ!筋肉は決して裏切らない(ムキムキッ)!!それ、あと二十回ーっ!」……ってな調子でしょうから。ダーラボン先生の戦術講義の時間は、貴重な休憩時間、心のオアシスなんですよ。
ガストンなんかは、後でディリータのノート見せてもらうつもりで、最初っから爆睡でしょう。「えー、知れば自ずとその先が見えてきます……」とか始まる前に、出欠すら代返で(笑)。
でも、授業中は特に注意しないけど、試験は厳しいのです。「ちゃんと覚えておかないと、死にますよ」とか言って、しっかり身に付くまで何度も追試・補習して下さいます。……そんな感じのする先生です。
フィギュア製作が趣味、という"何だそりゃ?"設定はですね。
日頃主に頭脳を使うお仕事に従事している方々には、無心に手作業することが良いリフレッシュになるそうで。ジグソーパズルとか、プラモ作りとか、大人の塗り絵とか、編み物とか……瞑想に近いリラックス効果が得られるそうです。
ということでダーラボン先生も、大人になっても、休日にはせっせとフィギュア作りに没頭しているのです。そして、教え子達に「えーっ、先生、こういうのお好きなんですか!?」と驚かれたり、娘のマルさんに「多すぎ!片付けてよー」と呆れられたりしつつも、コレクションでいっぱいの部屋に招いてワイワイお茶を飲んだりするのが、くつろぎの一時なんですよ。
……なんて、勝手に想像してみたりします(笑)
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- ジャンル:[ゲーム]
- テーマ:[ファイナルファンタジーシリーズ]
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